十三
ぼくは,実家に帰っても,まゆさんはどうしているだろうか,とぼんやり考えてばかりいた。
まゆさんは,お正月はすごく忙しいと言っていたが,それが何なのか,ぼくは知らなかった。
そういえば,今年の正月明けに久しぶりに顔を見た時も,どこか疲れた感じを漂わせていた。
来年は,元気な姿で逢えるだろうかと思いながら正月を迎えた。
まゆさんが寮に戻ってくる日は聞いていたので,ぼくはその一日前に寮に戻った。
その話をしていた時,まゆさんに,駅まで迎えに行こうか,と言うと,どうせまた寝過ごしてしまうんでしょう,と斬りかえされしまった。
今度は,必ず間に合うように行くから,と説得し,まゆさんの了解を得た。
当日の朝,目を醒ますと,外は雪が舞っており,かなり冷え込んでいるようだった。
ぼくは,クリスマスにもらったマフラーを首に巻いて,バス停に向かった。
そのマフラーは手編みで,とても長く,ぼくの背丈くらいあった。
まゆさんは,大抵ぼくといるのに,いつの間にそんなものを編んでくれていたのだろうか。
十分前に駅に着き,改札口で待っていると,まゆさんが姿を現した。
まゆさんは,ぼくが巻いているマフラーを一瞥すると,嬉しそうな表情を見せて,ちょっとはにかんだ。
「ご飯食べに行こうか」
「うん」
ぼくは,この駅界隈では値段の高い部類に入るレストランにまゆさんを連れて行った。
まゆさんは,いつもぼくのお金のことを気にかけていたから,店先のメニューを見ると,
「本当にここでいいの」
と訊いた。
「年末ぎりぎりまでバイトしていたから,大丈夫」
「それに,一周年記念だし」
と言って,まゆさんの手を引いた。
ぼくは,まゆさんと随分長くいるような気がしていたが,改めて考えてみると,まだ一年と少ししか経っていないのだった。
正面に座ったまゆさんを観察していると,昨年のような表情をしていなかったので,ぼくは少し安心した。
しかし,大学が始まった最初の日曜日,朝早く,まゆさんが来たと思うと,夢うつつのぼくの横に滑り込んできた。
「寒い」
と言ったので,額に手をあてるとかなり暑く,頬も少し赤い。
やはり,疲れていたのだ。
ぼくは,洗面器を持って炊事場に行き,水をくんで,部屋に戻ると,タオルを水に浸して固く絞り,まゆさんの額にあてた。
近くに薬屋があったはずだと,頭をめぐらしていると,バイト先のレストランの近くにあることを思い出した。
時計を見ると,まだ開店時間には早そうだったので,まゆさんのタオルを替えながら,お昼ご飯をどうしたものか考えていた。
ぼくには,調理の能力はないから,出来ることはたかが知れていた。
ぼくに出来ることと言えば,時々,夜食に作るインスタントラーメンくらいだった。
少し落ち着いたのか,まゆさんは,軽い寝息をたたて眠ってしまった。
ぼくは,開店時間を見計らうと,部屋の電気を消し,鍵をかけて外に出た。
薬屋で体温計と風邪薬を買い,その道向かいの雑貨屋さんで,インスタントラーメンを二つと簡単な総菜を買って戻った。
部屋に入ると,まゆさんは目が覚めているようだった。
タオルをかえる時,額に手を当てると,まだ少し熱かった。
体温計は,三十七度五分を指している。
風邪薬を飲ませて,
「やっぱり,年末年始は忙しかったんだ」
と言うと,黙って頷いた。
「今日は,ここでゆっくり寝よう」
「でも,お昼ご飯作らないと」
と言うので,
「ぼくが作るよ」
「できる?」
「ほら,ここにインスタントラーメン買ってきた」
「そのかわり,味の保証はしないよ」
「わかった」
と言い,薬が効いてきたのか,うつらうつらし始めた。
ぼくは,タオルを替えながら,まゆさんに出来ることがいかに少ないかを,今更ながらに自覚した。
お昼になったので,炊事場でインスタントラーメンを作って部屋に戻った。
まゆさんを起こし,電気ごたつの上にそれを置いた。
まゆさんは,それを見るなり,
「麺,伸びすぎ」
と言って笑った。
ぼくは,自炊経験が一度もなかったので,要領も分からず,いつも適当に作っていた。
案の定,それを指摘された格好になった。
それでも,まゆさんは,最後まで食べてくれて,
「ああおいしかった」
と言った。
夕方近くになると,熱も下がってきたようで,楽そうな顔つきになった。
起き上がると,
「夕ご飯作ってくる」
と言って,部屋を出ようとするので,
「近くの喫茶店で食べようよ」
と言ったが,
「大丈夫」
と言って,部屋を出て行った。
二人で食事をした後,まゆさんをもう少し寝かせた。
余り遅くなってはいけないと思い,午後十時過ぎに,まゆさんを自分の部屋へ帰した。
翌朝,部屋に来たまゆさんの顔は,すっかり元通りになっており,一安心した。
「もう熱も下がったから」
「うん」
講義に出るために,二人して部屋を出た。
ぼくは,自分の持っているものを一生懸命与え続けてくれるまゆさんに甘えているだけだった。
まゆさんは,そんなぼくに満足しているのだろうか。
ぼくには,他の男女がどのようなつきあい方をしているのか知る由もないが,周りから見れば,ぼくたちの関係はかなり特別なものに映るだろうことは予想できた。
しかし,男女の愛というのは,個別的なものであり,その善し悪しを論評するものではないと考えていたぼくは,一向に周囲の目は気にならなかった。
ただ,気になったのは,まゆさんは,相変わらず同級生にあれこれと言われていないか,ということだった。
そのことを一言もぼくに言ったことはないが,もしそうだったら,まゆさんは,一人で耐えていることになる。
その不憫さを払拭させるものを持ち得ない自分が悔しかった。
ぼくには,まゆさんの気持ちを離したくないという自分しかなかったから。
(ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-14 に続く)
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