ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-3

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金沢への旅行が終わり,まゆさんは,残った春休みを利用して,郷里に帰っていった。

ぼくはといえば,帰る気もわかず,何とかありついたバイトに明け暮れていた。

やがて,新学期が始まった。

ぼくの大学は,教養課程と専門課程に分かれておらず,四年間で指定された単位数をとればよいことになっていた。

だから,ぼくは,取りこぼした単位を取る時,まゆさんが選ぶものを選んだ。

何故なら,ぼくはすっかり,まゆさんの講義ノートに頼ることが習慣になっていたから。

ある日,まゆさんの顔が,ある芸能人に似ているということを,誰かが言い出した。

それから,まゆさんは,専らその芸能人の名前があだ名になった。

後輩は,その名前に,「さん」をつけて呼んでいた。

ぼくは,そう呼ぶことに抵抗を感じ,かといって,名前を呼び捨てにすることも気恥ずかしく,なんと呼んでいたのか憶えていない。

この頃になると,まゆさんとぼくの関係は,周囲の知るところとなっていた。

ある日,まゆさんの同級生の男子が,ぼくを呼び止めて,

「また,別れるためにつきあうのですか」

と言った。

ぼくは,

「今まで,別れることを目的としてつきあってきたことはない。結果として,そうなっただけだ」

と答えた。

この時,ぼくは,研究室で噂になっている内容が何かを理解した。

おそらく,つきあってそれほど期間が経っていないにもかかわらず,旅行に連れ出すなど言語道断である,など。

そして,ぼくは,遊びで女性とつきあうことしかしない,とんでもない遊び人ということになっていたらしい。

おまけに,まゆさんを取り巻く男子の同級生は,浪人を経たものが多かったから,現役入学のまゆさんは,ぼくの毒牙にひっかかったと思われたに違いない。

何せ,まゆさんはまだ二十歳前の未成年だったのだから。

どうみても,男性とつきあった経験があるとは思えないまゆさんのことを心配して,その同級生は,ぼくに忠告するつもりだったのだろう。

確かに,金沢に行って以来,まゆさんとの距離がより近くなったことを感じてはいた。

かといって,ぼくたちは,いかにもというようなべったりした雰囲気を醸し出していたわけではないと思う。

ぼくには分からなかったが,まゆさんは,それほどぼくに夢中に見えたのか。

それとも,経験によって女性が変わっていくさまを目の当たりにしたからか。

当のまゆさんは,どんな忠告を受けていたのだろうか。

ただ,時々,

「前の女の人と比べてない」

と言った。

「どうして」

「はっきりとは分からないけど」

ぼくは,

「前の女(ひと)とはもう終わってるし,そんなことを比べても意味はないよ」

と答えた。

ああ,これが,周りから見えるまゆさんの揺れ動く心情かと思った。

また,ぼくに対するまゆさんの一途な姿を見て取ったに違いない。

まゆさんは,金沢でのことが気になっていたのだろうか。

ぼくに身を任せておきながら,あれ以上何もしなかったことが。

その理由を話さなかったことが,まゆさんの心に引っかかっていたのか。

ぼくは,講義のない日の昼間,皆が出払って人気のない男子寮の自室でまゆさんを抱いた。

終わると,布団にまゆさんの血がついており,まゆさんは,シーツを取り外すと部屋を出て行った。

少しして,まゆさんは,綺麗なシーツを持ってきて,布団を包んだ。

ぼくは,こういうところがよく見えるのかと思った。

まゆさんは,男の欲するものを全て与えないと,相手は自分のものにならないと考えたのかどうかは分からない。

それから,まゆさんは,前の女の人について何も言わなくなった。

男性を知ったまゆさんの雰囲気は,少女のようなそれとは変わっていった。

その変化は,周りにも分かったに違いないが,ぼくには,誰も何も言ってこなかった。

まゆさんは,ぼくに,今まで以上に自分を見せるようになり,ぼくも,まゆさんの前では飾ることをやめた。

そして,ぼくたちは,五月の連休を利用してどこかへ出かける計画を立てた。

ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-4 に続く)

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