一
まゆさんは,大学の二年後輩だった。
ぼくは,二年間大学を離れていたから,戻った時にはまゆさんと同級生になっていた。
ぼくは,大学の寮にいて,まゆさんも入学と同時に入寮してきたのだった。
寮は,同じところに男子寮と女子寮があって,真ん中に食堂とお風呂があった。
だから,食事の時は,自然と顔を合わせることになる。
久しぶりに大学の研究室に顔を出すと,そこにまゆさんがいた。
まゆさんは,背が低く男子学生に囲まれて活発に笑っていた。
まゆさんの学年は男ばかりで,女性はまゆさんだけだった。
最初の頃は,まゆさんに取りたてて興味があるわけではなかった。
寮には自治会があって,ぼくは書記をすることになった。
その時に,ぼくの助手になったのがまゆさんだった。
あの頃(70's)は,まだ学生運動の名残りがかすかに残っていて,寮の自治会もその雰囲気があった。
まゆさんは,ぼくの指示で会議の速記録を作成し,寮生に配布する広報誌を一緒に作った。
この時はまだまゆさんを後輩としてみていただけだった。
けれど,寮でも研究室でも一緒の生活が続くと,何時も視界の中にいるまゆさんを意識せざるを得なくなる。
研究室の男子が出かける場所にまゆさんはいつも付いてきた。
だから,研究室の男子は女性ではなく,ある種の戦友のように扱っていた。
その遠慮のない扱いにまゆさんは心地よかったのだろう。
ぼくはといえば,年下の彼らと過ごしながらちょっと距離をおいていた。
ただ,まゆさんだけが,寮生ということもあって近い存在だった。
ぼくは知らなかったのだが,大学を休んでいた二年間,研究室内で色々な噂があったらしい。
まゆさんは,それをどのように聞いていたのかは分からないが,寮生活ではぼくと距離をおこうとはしなかった。
寮には演劇祭という行事があり,新入生が役者として出演するのが通例になっていた。
何組かに分かれて演じるのだが,ぼくはまゆさんの組の演出をすることになった。
そうなると,まゆさんとの距離はどんどん近くなる。
その打ち上げのコンパの時,ぼくはまゆさんに告白した。
まゆさんも,ぼくを好ましく思っていたようで,つきあうようになった。
こうなると,まゆさんとは寝る時以外は四六時中一緒。
大学の講義が終わると,いつもまゆさんはぼくの部屋にやってきた。
幸い,寮生が少し減っていたので,ぼくは,二人部屋を一人で使うことを許されていた。
男子寮に女子が入ってくることは余りなかったが,まゆさんは寮生だったから,男子寮の連中もそれほど違和感を覚えなかったのだろう。
大学に戻ったのはいいけれど,今度は寮の自治会の役員になってしまい,講義に余り興味を持てなくなっていく自分を感じていた。
まゆさんは,そんなぼくをいつも大学へ引っ張り出してくれた。
まゆさんは,真面目だったから大学の講義のノートもしっかり取っていた。
ぼくは,試験の度に,まゆさんのノートを見せてもらっていた。
夏休みに専門の特別講座があって,レポートを提出することになった。
ぼくは,まゆさんが作ったレポートを見せてもらい,自分なりの考えを少し加えて提出した。
帰ってきた結果は,ぼくの方が成績がよかった。
まゆさんはひどく怒って,慰めるのに苦労したことを憶えている。
寮は,朝食と夕食はあるのだが,日曜日は炊事人さんの休みのためにそれがなかった。
だから,日曜日は二人で出かけていた。
でも,そんなお金は何時もあるわけではなく,ある日曜日,部屋に来ていたまゆさんが,
「私,何か作ってくる」
と,言って,部屋を出ていった。
30分くらいしてから,まゆさんが二人分の食事を持ってきた。
ぼくは,今まで女性に何か料理を作ってもらった経験はなかったから,それはとても新鮮なことだった。
また,そこまでしてくれるまゆさんが嬉しかった。
ぼくは,もう今までのようなアルバイトを余りしていなかったので,お金は家からの仕送りしかなく,まゆさんを遊びに連れ出す余裕は殆どなかった。
そんなぼくの気持ちを知っていたのかどうかは分からないが,まゆさんは,一度も不満を言ったことがなかった。
むしろ,ぼくに,今あるお金を大事使うことを教えてくれたような気がする。
(ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-2 に続く)