ぼくを大人にした耀子さん

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耀子さんは,バイト先の本屋の店長だった。

そこは,寮の同級生に紹介してもらった店で,当時(70's)としては珍しく,県内と県外に店舗を持つチェーン店だった。

耀子さんの髪は少し茶色っぽく,背丈はぼくより少し低いだけで,全体的に細く見えた。

耀子さんのそばに近づくと,化粧の香りがした。

今まで化粧の香りなんて知らなかったから,耀子さんの大人っぽさにどぎまぎしたことを憶えている。

最初の頃は,店の奥で月刊誌の付録をひもで縛ったり,運ばれてくる本を棚に入れるのがもっぱらの仕事だった。

バイト生は他に二人いて,二人ともそこでのバイト歴が長かったから,順番にレジの仕事をこなしていた。

一カ月ほどして,裏方の仕事ばかりで退屈し始めた頃,耀子さんが,

「今日は時間あるの?」

と,たずねた。

「はい」

と,答えると,

「じゃ,店が終わったら少し残れる?」

ぼくは,わけが分からないまま,

「いいですけど」

と,ちょっと不機嫌になって言った。

店が終わると,耀子さんが来て,

「他の子たちは,前の店長に教えてもらってあるから一応のことはできるの」

「あなたも,裏でばかりいるのはつまらないでしょ」

と,言うので,

「そうですね」

「今日からレジの仕事を教えるから,それが出来たらレジに立ってもいいわよ」

「どんなことをやるんですか」

と,きくと,

「あなたも見てて分かるでしょうけれど,日曜日は忙しいわね」

「はい」

「だから,レジには二人立ってもらって,一人は本にブックカバーをつけたりする役目,一人はお金の精算の役目をしてもらっているのよ」

「でも,お金は絶対間違えちゃいけないから,経験を積まないとやってもらえないわ」

耀子さんは,そう言うと,本棚のところに行って,単行本と新書と文庫を一冊ずつ持ってきた。

「先ず,あなたには,本を袋に入れたり,ブックカバーをつけることをしてもらうつもり」

耀子さんは,レジ台の下からブックカバーを取り出し,手際よく包んだ。

「じゃ,やってみて」

見よう見まねでやってみるが,うまくいかない。

「それじゃだめ」

耀子さんは,ぼくがつけたブックカバーを取り外して広げた。

「包んであることには変わりないけれど,左右の折り目が対象になってないし,上下の幅も本の高さに揃っていないでしょう」

耀子さんは,自分が包んだカバーを広げると,折り目は左右対称になっていて,高さも揃っていた。

ぼくが不服そうな顔をしているのを見て,

「もし,あなたがお客さんで,そんな包み方をしたものをもらったら気持ちがいい?」

「あまりいい気持ちはしないでしょう」

「私だったら,もう一度包み直してもらう」

と,厳しい口調で言った。

「本の好きな人達は,店員がそれをどれだけ大事に扱うかを見ているものよ」

「そんな人達にとっては,粗雑に扱う店では買いたくなくなってしまう」

耀子さんは,今度はゆっくりとやって見せると,カバーを何枚か取り出し,

「これを持って帰って練習しなさい」

「土曜日,店が終わってから練習の成果をみせてもらうわ」

「それで合格だったらレジに立たせてあげる」

ぼくは,寮に帰ると,暇さえあれば練習した。

土曜日になって,耀子さんの前でやったが,

「随分きれいに包めるようになったわね」

「でもまだ駄目ね」

ぼくは,その理由が分からず,

「どうして?」

と,首をかしげると,

「あなたは,もう一つ大事なことに気づいていない」

「それは何か分かる?」

「あなたは,丁寧に包むことは覚えてきた」

「でも,それじゃお客さんを待たせることになる」

そこに「速さ」が必要なのは思いつかなかった。

「まして,レジの前にお客さんが並んでみなさい」

「遅ければ遅いほど,後ろのお客さんを待たせてしまう」

耀子さんの合格は得られなかったが,

「明日,二人の後ろでそのようすを見るといいわ」

と,言ってくれた。

翌日,二人を観察していると,耀子さんのいう意味が理解できた。

彼らは,ぼくよりもかなり速く処理していた。

店が終わると,耀子さんはぼくを呼んだ。

「どう,分かった」

「はい,よく分かりました」

「もう一度,土曜日に試験ね」

耀子さんはにこっと笑いながら言った。

その笑顔は,大人びていながらもとても可愛く見え,胸が高鳴るのが分かった。

土曜日,耀子さんの試験に何とか合格すると,

「じゃ,明日本番ね」

と,言った。

翌日,レジに立ったが,ぼくは本を包むことに夢中で,お客さんの顔を見ることすら出来なかった。

みんなが帰った後,耀子さんに呼び止められた。

「まだ足りないわよ」

「その理由が何か分かる?」

「あなたの,ありがとうございましたの声は小さすぎる」

「もっと大きな声を出さなきゃだめ」

「恥ずかしいのは分かるけれど,これは仕事なんだから」

確かに,ぼくは,先輩が発する声に合わせていたが,先輩の声にかき消されてしまっていた。

また,ぼくには,ありがとうございました,と言って人に会釈する習慣はなかった。

次の日曜日は,出来るだけ大きい声を出すように心がけた。

レジにも慣れてくると,耀子さんが,

「今日は残れる?」

「はい」

店が終わると,

「今度は,お金の精算をやってみようか」

「これが出来ないと一人前とはいえないわ」

耀子さんは,本棚から適当に何冊か選んで,レジ台に置いた。

「きちんと支払ってくれるお客さんは楽なの」

「もらったお金を確認するだけでいいから」

「問題は,釣り銭を必要とする場合ね」

レジから一万円札を取り出し,本を一冊手に取ると,

「この場合のお釣りはいくら?」

と,ぼくにたずねた。

当時(70's)のレジは,現在と違ってお金を入力する機能しかなく,釣り銭は自分で暗算するしかなかった。

その金額を言うと,

「正解。でも,まだ遅すぎる」

「もっと速く計算しなくちゃ」

「しばらくその特訓をするから」

みんなが帰ってから,耀子さんの特訓を受ける日々が続いた。

段々と慣れてきたのを認めてくれたのか,

「かなり速くなったわね」

「今日は,そのご褒美をあげるわ」

耀子さんについて駐車場に行き,隣に乗った。

中華料理店に車を横づけすると,

「行きましょう」

と,言って先に入っていった。

「お腹すいたでしょう」

耀子さんは,てきぱきと注文し,自分はあまり食べず,ぼくに沢山食べるようにすすめた。

食事が終わると,

「送っていくわ」

と,言って車を走らせた。

寮の少し手前に車を停めたので,降りようとした瞬間,耀子さんがぼくを引き寄せ,キスしてきた。

ぼくは,一瞬驚いたが,そのままにしていた。

その時,耀子さんの化粧の甘い香りと柔らかな胸を感じた。

燿子さんは,愛情の表現を,言葉の代わりに行動で示したのだった。

ぼくもそれを拒まなかったことで,お互いの気持ちが通じ合っていることの確認になった。

それ以来,耀子さんの特訓の後は食事に行くことが習慣になった。

特訓のおかげで,ぼくはかなり速く計算できるようになり,次の日曜日にいよいよレジに立つことになった。

あれほど燿子さんの特訓を受けても,お客さんの目の前では緊張し,間違えないようにするのが精一杯だった。

平日は,練習を兼ねて,耀子さんが本を包む役になり,ぼくが精算する役になった。

燿子さんは,

「平日は割合暇だから,最終的には一人で全部こなせるようにならなきゃ」

と,言いぼくの肩をたたいた。

二回目の日曜日も何とかやり過ごし,その夜,耀子さんが誘ってくれて,食事をしながら,

「間違えないようにすることは当たり前なの」

「お客さんを待たせないためには,精算する側が速くないといけない」

「どうしてか分かる?」

耀子さんは,いつも先に答えを言ってくれなかった。

「最初に精算する方が本の値段を入力して,お金のやりとりをするわね」

「もう一人は,それを受け取って本を包む」

「でも,レジを打つ人が遅いと,次のお客さんを待たせることになってしまう」

ぼくが,

「よく分からないよ」

と,言うと,耀子さんは,

「ちょっと想像してみて」

「精算が済めば,包む方に役割が移るわね」

「うん」

「すると,次のお客さんの精算をするでしょう」

「包む方は少し遅くても,精算が速ければ,次々とお客さんをこなしていけることになるの」

「逆に,精算が遅ければ,包み終わった方も次のお客さんも待っていることになる」

「店が混んでくれば,包む人数は増やせるけれど,レジは一台しかないから精算する人は増やせない」

「だから,精算の役目は大変なのよ」

ぼくは,ただ単純に行われているように見えることが,これほどの意味があるのか初めて理解した。

だから,耀子さんはとても厳しかったのだ。

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店を出て,車に乗ると,耀子さんは前を向いたまま,

「もう帰りたい?」

と,含みのある声できいた。

明日は,店の定休日になっていた。

「どちらでも」

耀子さんとは,食事の後で送ってもらった時,いつもキスをしていたから,ぼくには抵抗がなかった。

耀子さんはしばらく車を走らせ,入口以外の三方が壁に囲まれている建物の中に入っていった。

ぼくは,これから起こるであろうことに期待して少し緊張していた。

部屋は,ダブルベッドと一組のソファーがあり,横には風呂があった。

風呂のガラスは透明になっており,入浴の様子が部屋から見えるようになっていた。

耀子さんが湯船に湯を入れている様子が見えた。

耀子さんは隣に座ると,唇を重ねてきた。

そして,シャツを脱がせると,胸に舌を這わせ,乳首を吸った。

それは,初めて味わう甘美な世界だった。

「お風呂に入ってきたら」

と,言うので,体を念入りに洗ってから湯船に入った。

パンツをはいて,バスタオルを巻き部屋に戻った。

「私も入ってくる」

と,耀子さんは言い部屋を出て行った。

ベッドに横たわって風呂の方を見ると,湯煙の中に,耀子さんの姿態がぼんやりと眼に入った。

着やせするタイプなのか,裸の耀子さんは,胸が大きくお尻の形もよかった。

バスタオルを巻いた耀子さんが横に滑り込んできて,手元のスイッチで部屋を薄暗くした。

耀子さんは,ぼくのバスタオルをとりパンツを脱がせ,自分もバスタオルをとった。

耀子さんは,仰向けに寝たぼくにキスをすると,唇を耳たぶのところへ持っていき,それを優しく舐めた。

ぼくは,脇腹に押しつけられている耀子さんの乳房を感じ,自分が昂奮してくるのが分かった。

耀子さんの乳房はとても柔らかくて気持ちよかった。

ぼくは,初めて裸の女性の柔らかさを実感していた。

やがて,耀子さんは,ぼくの乳首を吸うと,舌をゆっくりとなぞるようにお腹の方へ滑らせ,ぼく自身を口に含んだ。

それはとても温かく,耀子さんの動きにぼく自身が反応していった。

部屋は薄暗かったが,その様子が見えたので,ぼくは昂奮していく自分を自覚した。

耀子さんは,ぼくの耳元で,

「よかった?」

と,囁いた。

ぼくは,燿子さんの技巧に酔ってしまっていて,

「うん」

と,答えるのが関の山だった。

耀子さんは,仰向けになると,ぼくの手を自分の乳房に持っていった。

初めて触れる乳房は,とても弾力があり温かかった。

それを揉むと,耀子さんは,

「はあぁー」

と,ため息ともつかぬ濡れた声をもらした。

乳首が立っているのがわかったので,それを指で転がすようにした。

そして,おずおずと耀子さん自身に触れた。

その回りは既に濡れていて,指が中に吸い込まれるように入った。

ぼくはどうしてよいかわからず,中に入れたままにしていた。

「動かして」

リズムをつけて動かすと,

「いいわ,とてもいい」

その声は,仕事の時には決して発することのない,湿った官能的なものだった。

ぼくは自分の昂奮を抑えきれなくなり,耀子さんに激しいキスをした。

耀子さんは,もう一度ぼく自身を口に含むと,激しく動かしたので,

「いきそうになる」

思わず言うと,口を離した。

そして,キスをしながらぼくを手で刺戟していたが,ぼくの上で中腰になってぼく自身を掴むと,自分の中に入れて腰を沈めていった。

ぼくは,その様子を見て,性というものがもたらす肉体的な快感を感じた。

耀子さんは,ぼく自身を中に入れたまま,重なるように胸を合わせてきた。

ぼくは耀子さんの乳房を胸に感じながら,キスを受け入れ,耀子さんの動きがぼくを限界まで導いた。

「いく」

耀子さんはそのまま動き続け,ぼくがいってしまうのを中で受け止めてくれた。

ぼくは今,その全てを自分の目で見て,体で感じたのだった。

耀子さんは,ぼくに腕枕されながら,

「どうだった?」

と,きいた。

ぼくは,

「こんなにいいものだと思わなかった」

と,燿子さんの乳房に触れながら答えた。

ぼくは,女性とすることが,こんなに自分を昂奮させ,この世のものとは思えない快感をもたらすとは予想だにしていなかった。

それは,今まで観念的に想像してきたものとは全く違っていた。

耀子さんの手がぼくの乳首を弄んでいたかと思うと,ぼく自身を優しく握りしめて刺戟した。

昂奮が冷めていないのか,反応していく。

耀子さんは,下半身に顔を埋めて再びぼく自身を口に含み,ゆっくりと動かし始めた。

その巧みな刺戟はたちまちぼく自身を大きくした。

耀子さんは,仰向けに寝て,上になるように言った。

そのとおりにすると,耀子さんは足を開き,ぼく自身を自分の中に導いていった。

「いいわ」

その声と同時にぼくは腰を沈めていった。

ぼく自身が耀子さんの中に滑り込んでいくと,夢中で腰を動かしていた。

その動きに合わせたのか,耀子さんの肌は湿り気を帯びてきて,やがてうっすらと汗が滲んできた。

「いいわ,すごくいい」

その甘える声に誘われるかのように,ぼくは絶頂を迎えた。

耀子さんの上に突っ伏していると,

「上手だったわよ」

と,ほめてくれた。

耀子さんを抱きしめながら,ぼくは文字通り「男」になったと思った。

とりとめのない会話をした後,

「もう寝ようか」

「うん」

ぼくの体はまだ火照っているようだったが,その心地よいけだるさに負けて,あっという間に眠ってしまった。

「起きて」

耀子さんの声がしたので,目を開けると,きれいに化粧をした顔がぼくの前にあった。

それは,昨夜の妖艶な耀子さんではなく,普段から職場で見ている姿だった。

耀子さんとぼくはそこを出ると,近くの喫茶店に立ち寄り,少し遅い朝食を摂った。

前に座っている耀子さんからは,あのような行為をする女性だとはとても想像出来なかった。

「大学じゃ目立つから,その手前まで送ってあげる」

大学の裏手が見えるところに車を停めた。

翌日,バイト先で,ぼくは耀子さんにどのような顔で接していいのか分からなかった。

耀子さんは,まるで何事もなかったかのようにぼくに接し,指示してきた。

ぼくは,耀子さんと逢瀬を重ねるうちに,どうすれば耀子さんが悦ぶかを学習していった。

また,燿子さんによってぼくの「男」はどんどん開発されていった。

そして,性というものを少しずつコントロール出来るようになっていった。

三月のある晩,いつものところで耀子さんを抱いた後,耀子さんはぼくの顔を見ずに,

「四月から本社に転勤になった」

と,寂しげに言った。

ぼくは,戸惑ってしまって,声が出なかった。

「だから,あなたとはもうお別れしなきゃね」

「どうして」

「本社は遠いし,とても今までのような時間がとれないわ」

「それじゃぼくが」

言いかけたぼくの口に指を当て,

「あなたは学生よ」

「四月から大学に戻って,しっかりやりなさい」

その声は,バイト先でぼくを指導していたそれに戻っていて,有無を言わせぬものがあった。

「だから,私が転勤する前に辞めなさい」

「私が後ろ髪を引かれながら出て行くのを見送るより,自分が先に出ていく方が気が楽よ」

ぼくは,耀子さんの言葉に従い,先にバイトを辞めた。

耀子さんの電話番号はおろか,住まいさえ知らなかったので,それ以降連絡のとりようはなかった。

もしかすると,耀子さんはこうなることを予想して,ぼくに何も教えなかったのか。

それは,別れる運命を知っている者と知らない者の差であったのかも知れないと思う。

そして,未練はあれども,ふり返ることなく,ぼくを前に進ませるためにも必要なことだったのだろう。

 

耀子さん,ぼくはあなたのおかげで,いろいろなことを学ぶことが出来ました。

特に,仕事に対する厳しさは,学生のぼくの身を引き締めることになりました。

短い時間だったけれど,学んだことの多さにとても感謝しています。

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