十
後期が始まって,ぼくは,免許を取るため実習に行かねばならなくなった(大学では必須になっていた)。
そこは,大学からは一時間以上かかる場所で,開始時間に間にあうためには,遅くとも六時半には寮を出ないといけなかった。
しかも,実習期間は四週間もあり,ぼくは,そんな早くに起きて行く自信がなかった。
まゆさんは,何かある時は,いつもぼくを起こしに来てくれていたから,ぼくは,朝が苦手なのを知っていたのだろうか。
女子寮は,六時から出入り自由になっていたので,まゆさんは,毎日六時過ぎにぼくを起こしに来てくれた。
あんなことがあったというのに,まゆさんのぼくに対する思いが変わらなかったことが嬉しかった。
ぼくが,早く目覚めた時は,まゆさんが,男子寮に向かう渡り廊下の板間を駈けてくる音がした。
時には,簡単な朝ご飯を作って,持たせてくれることもあった。
本来ならば,そんなことをする必要もなければ,義務もない。
なのに,まゆさんは,実習期間中,一日も休むことなく,ぼくを起こしに来たうえに,玄関まで来てぼくを送り出してくれた。
ぼくは,レストランのおばさんが見抜いていたのは,まゆさんのこんな気持ちだったのかと,改めて思った。
まゆさんは,片時もぼくから気持ちを離すことはないに違いない。
それは,この行動をみても分かることだった。
そんなまゆさんの気持ちに,ぼくは応えているのだろうか。
まゆさんは,ぼくのために,自分の時間はおろか,心まで砕いているのに。
周りは,そんなことまでするまゆさんをどう見ていたのだろうか。
どんどんぼくに傾斜していく姿を見て,その危うさを心配した人もいたに違いない。
まゆさんに,どこかで自分の気持ちにブレーキをかけるように忠告した人もいたに違いない。
まゆさんは,そんな周囲の助言が効かないほどぼくに夢中になっていたのか。
まゆさんは,ぼくに何の要求もしてこなかったから,むしろ,甘えていたのはぼくの方だった,と今は思う。
このように相手の気持ちが強い場合,それを重荷に感じる人もいるようだが,ぼくにはそれが嬉しく,重荷に感じたことは一度もない。
それよりも,ぼくは,まゆさんと一緒になりたいという思いが強くなっていった。
あの当時(70's),実家を離れて生活している男子学生の間では,彼女を見つけることを,「飯炊き女」を見つけると揶揄していた。
ぼくは,まゆさんとつきあう時,そんなことを目的としていたわけでもないし,まゆさんの躰だけを求めようとしていたわけでもない。
ぼくは,まゆさんと寮の自治会活動を一緒にやった時,まゆさんのひたむきな姿を見て,それに惹かれたのだった。
何事も真正面から取り組む姿勢と,ぼくの無理ともいえる指示に応えようとする真摯な態度に。
学生運動に全く無縁だったまゆさんにしてみれば,わけの分からないことを長時間議論する場で,速記をすることなど苦痛以外のなにものでもなかったと思う。
それでも,まゆさんは,内心思っていたことはあっただろうが,ぼくに文句を言ったことはなかった。
ぼくは,まゆさんが,ぼくに呼吸を合わせるように寄り添ってくれるところが好きだった。
だから,演劇祭の打ち上げコンパの時,まゆさんに告白したのだった。
四週間の実習は,まゆさんのおかげで,何とか乗り切ることが出来た。
(ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-11 に続く)
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