ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-2

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まゆさんが,二年生なる春休みに,ぼくは,金沢へ行かないかと誘った。

それを聞いたまゆさんは,真顔になって,少しためらった様子を見せ,

「ちょっと待って」

と返事を保留した。

ぼくは,あの時,何故そんなことを言ったのか,はっきりとは思い出せない。

とりたてて女性を欲しいと思ったわけでもない。

単純に,一緒に何処かへ出かけたいという思いだけで言ったような気がする。

ただ,あの時代,ぼくたちの周りでは,そんなことをする人達はあまりいなかった。

まゆさんは,即座に,一緒に出かけるということが,何を意味し,何が起こるかが分かったのだろう。

また,まゆさんにとっては,余りに唐突なことだったのかも知れない。

ぼくは,まゆさんに,返事を強要するわけでもなかったから,それから一週間が過ぎた。

部屋にやってきていたまゆさんは,

「わかった」

と一言ぽつんと言った。

ぼくも,

「うん」

と言っただけだった。

ぼくは,家からの仕送りとアルバイトのお金をはたいて,金沢へ行く準備をした。

ぼくたちを迎えてくれた金沢は,まだ冬の名残を残していた。

ぼくは,宿の取り方を知らなかったので,駅前の観光案内で紹介してもらった。

二人で,兼六園や金沢城公園を観光し,コーヒーが飲みたいとまゆさんが言うので,どこかのホテルへ行こうということになった。

入ろうとしたホテルは,格式が高そうで,正装していないぼくたちを受け入れてくれそうになかったが,思い切って中に入ると,誰も止める人が来なかった。

最上階のラウンジに入り,メニューを見ると,その値段の高さに驚いた。

今更出るわけにもいかず,場違いな思いをしながら,それを飲んだ。

その妙な取り合わせが面白かったらしく,外に出てから,まゆさんは,

「とても面白かった」

と,ぼくに笑顔を見せた。

夜の金沢は,とても趣があり,街を散策していても飽きることがなかった。

途中立ち寄った尾山神社の影で,ぼくはまゆさんとキスをした。

紹介してくれた宿を探しに行こうということになり,地図を頼りにあちこち歩いた。

宿が近づくにつれ,まゆさんの表情が,少しずつ硬くなってゆくのが分かった。

二階の長い廊下を通って案内された部屋の壁は,一面真っ青に塗られていた。

ぼくは,しまったと思った。

まさか,こんな宿を案内されるとは考えてもみなかった。

おそらく,そこは,かつて遊郭だったのだろう。

他の宿を探す手立てなどあろう筈もなかったので,二人して部屋に入った。

そこは,ただ夜具が二つ敷かれているだけだった。

まゆさんは,後ろ向きになって浴衣に着替えると,黙って布団に入った。

ぼくは,何を言っていいのか分からず,自分の布団に入った。

暫く,沈黙が流れた。

ぼくは,まゆさんのところにいき,まゆさんを振り向かせると,一筋の涙が流れていた。

それは,初めての経験をするには,相応しくない場所しか見つけられなかったぼくに対する失望だったのかも知れない。

「酔ってない」

と,まゆさんは,ぼくに何度も訊いた。

「酔ってないよ」

と答えて,身を硬くしているまゆさんの女性自身に手を伸ばした。

まゆさんは,一瞬ぴくんと反応したかと思うと,黙って目を閉じた。

ぼくは,こんな場所でまゆさんを抱くことは,まゆさんを一層傷つけてしまうと思い,

「もう寝ようか」

と言った。

「いいの」

と,まゆさんは,硬い表情を崩さずに言った。

「うん」

と言って,ぼくは,自分の夜具のところに戻った。

翌朝,早々に宿を出た。

まゆさんは,昨夜の表情と打って変わって,いつもの明るい表情に戻っていた。

ぼくは,何の文句も言わず,明るく振る舞っているまゆさんにすまない思いでいっぱいだった。

喫茶店で,簡単な朝食を済ませると,

「今日は,どこに連れて行ってくれるの」

と訊くので,

「これから内灘に行こうと思う」

と答えた。

日本海は,とても寒々しく感じ,とてもここで闘争があったとは思われなかった。

こうして,まゆさんとの初めての旅は終わりを告げた。

ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-3 に続く)

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