十二
ぼくは,何故そうなってしまったのかを,幾ら思い出そうとしても思い出せない。
特別な何かをしたわけでもないと思う。
また,今まで,あれほど困ったことはない。
それは何かと言えば,月の半ばで,無一文になってしまったのだ。
慌てて実家に電話をして,追加の送金依頼の連絡はしていたが,ぼくは銀行の口座を作っていなかったので,送金は,郵便局からの現金書留で行っていた。
手元に届くまでどれくらいの日数を必要としたのか覚えていないが,まゆさんが誘いに来た日曜日には,まだ届いておらず,ぼくにはお金がなかった。
まゆさんは,いつものようにぼくの部屋に来て,
「どこかへ遊びに行こう」
と,誘ってくれた。
ぼくは,到底その理由を言えないので,
「今日はいい」
とだけ答えた。
「どうして」
と,まゆさんはぼくを問い詰めてきた。
ぼくは,何と言えばいいのか分からず,黙っていた。
まゆさんは,ちょっと怒ったようすで,
「その理由を教えて」
と,なおも迫ってきた。
ぼくは,それ以上黙っていることも出来ず,
「お金がない」
と,小さな声で言った。
どれくらいの時が流れたのかわからないが,まゆんさんが,
「わかった」
と言った。
ぼくは,てっきり遊びには行かないものだと思っていたが,まゆさんは,
「いいから遊びに行こう」
と言った。
「でも,ぼくにはお金がないよ」
と言うと,
「私が何とかする」
と,まゆさんが言った。
その時,まゆさんは,ぼくのことを不甲斐ない男と思ったことだろう。
あきれてものも言えなかったに違いない。
しかし,そんなことはおくびにも出さす,ぼくを遊びに連れ出した。
まゆさんは,その日だけでなく,実家からの送金が届くまで,何もかも面倒を見てくれた。
それも,周囲には,ぼくには所持金が全くないといことを悟らせない形で。
ぼくは,気づかないうちに,まゆさんに,何時もぼくを最優先し,自分を後回しにさせていたんじゃないかと思う。
そうでなければ,いくら惚れているといっても,このような時に,助け船を出せるはずがない。
ましてや,金銭的な面倒など。
実家からの送金が届いて一息つくことが出来たが,まゆさんに,ぼくを面倒みるために使ったお金を返した記憶がない。
季節は,秋の深まりを感じさせ,やがて冬の到来を告げようとしていた。
年の瀬は,慌ただしく過ぎ,大学も冬休みに入って,まゆさんは,実家へ帰っていった。
ぼくは,年末のアルバイトが残っていたので,それを済ませてから帰郷することにした。
(ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-13 に続く)
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