八
まゆさんが計画してきたのは,山口県の秋吉台を皮切りに,青海島(長門市),萩,益田市と回るコースだった。
それは,車中泊を含む5泊6日の旅だった。
ぼくは,今まで長い旅はしたことがなかったし,まさか,まゆさんが,こんな大胆な計画を考えていたとは思いもよらなかった。
当時(70's)は,まだ国鉄の時代で,周遊券というのがあり,それを使えば,急行の自由席は乗り放題で,又,全国主要路線には夜行急行が走りまくっていた。
これを使えば,バス以外はほぼ無料という格安というものだった。
おまけに,学割を使えば二割引となり,ぼくたち学生にとっては,夢のような旅券だった。
また,宿は,国民宿舎が全国にあり,それが最も安かった(と思う)。
青海島は,ぼくが,高校時代に修学旅行に行ったところで,海がとても綺麗だった印象があり,何かの時にまゆさんに話したのだろう。
まゆさんは,それを覚えていて,このようなコースを組み立ててくれたに違いなかった。
まゆさんは,時刻表を買ってきて調べてくれたのか,行程はほぼ完璧に近いものだった
今にして思うことだが,二人とも実家を離れていたとはいえ,よく親にわからなかったことだと思う。
特に,まゆさんの親には。
また,まゆさんの同級生は,どのように思っていたのだろうか。
余りに大胆で,羨ましく思っていたのか。
それとも,あきれてものも言えなかったのか。
まゆさんには,仲のよい寮生の同級生がいて,大抵のことは,彼女に話していたことを後で知った。
二人して周遊券を買いに行き,宿の手配もすみ,いざ出発となった。
秋吉台のもよりは小郡(現山口市)で,そこまでは,夜間の急行を利用するものだった。
前の時のように,まゆさんは夜食を用意してくれていた。
まゆさんは,そこそこ眠っていたようだが,ぼくは,何故か,気分が昂揚してしまって,余り眠れなかった。
小郡で降り,バスで秋吉台に向かう。
秋吉台は,山口県中・東部に広がる日本最大のカルスト台地で,その景色は雄大なものだった。
続いて行った秋芳洞は,黄金柱や百枚皿などがあり,なかなか興味深かった。
ぼくは,寝不足もあり,秋芳洞の長いコースを歩くのが精一杯だった。
それでも,二人きりで過ごす時間は,とても充実していて楽しかった。
ぼくたちを知る者が近くにいないということが,二人を開放的な気分にしていた。
その日は,秋吉台を観ただけで,早々に長門市にある国民宿舎に向かった。
ぼくたちは,宿舎の受付で,名前や住所をどう書いたのだろう(ぼくの名前を書いただけかも知れない)。
どうみても,新婚には見えないし,幼く見えるまゆさんの容姿からして,成人のカップルとは思えなかったかも知れない。
でも,ぼくたちは,そんな周りの思惑はおかまいなしだったと思う。
いや,既に,周囲のようすなどは見えなくなっていたと言うべきか。
ぼくは,その夜,まゆさんを抱いた。
まゆさんは,まだ受け身だったが,少しずつ女の悦びを知るようになっていた。
ぼくは,自分の経験してきたことを,まゆさんに無理強いするつもりはなかった。
そんなことよりも,まゆさんが抵抗なく応じてくれることの方が嬉しかった。
ただひとつ気をつけていたことがある。
それは,「妊娠」だった。
ぼくは,まゆさんが妊娠した時は,どんなになじられても,まゆさんの両親に結婚の許しを乞うつもりでいた。
幸い,まゆさんは,それ以後も妊娠しなかった。
二日目は,懐かしの青海島を回った。
五年ぶりの日本海はとても澄んでいて,修学旅行の記憶が蘇ってくるようだった。
観光遊覧船に乗ったが,身近に見える日本海は,ぼくたちを吸い込みそうな青さだった。
ぼくたちは,青海島のある長門市を出て,次の目的地萩へ向かった。
今夜は,萩の国民宿舎で泊まる予定にしていた。
萩は,女性雑誌の企画などでよく特集を組まれていたせいか,女性のグループが多かった。
彼女達は,ぼくたちを物珍しそうに見ることもあったが,この旅で再三そんなことがあったから,もう慣れてしまっていた。
ぼくたちは,レンタサイクルを借り,あちこち回った。
萩市は,江戸時代に毛利氏が治める長州藩の本拠地となった土地で,旧市街や城趾は,かつての姿を思い起こさせた。
松下村塾は,明治維新の源流となったところだった。
東光寺は,萩藩三代藩主 毛利吉就公が開基となって創建された寺院で,敷地内には、毛利家墓所があった。
夏みかんは,萩市で日本で最初に経済栽培された(アルバムには壁によじ登って撮った写真がある)。
萩市を堪能して,ぼくたちは,最後の宿泊地である益田市に向かった。
宿舎は,蟠竜湖の傍にあった。
宿舎の食事は,贅沢と言えるものではなかったが,二人には十分だった。
ぼくたちは,雪舟が益田に滞在したときに作庭したと伝えられている医光寺を訪れた。
ぼくたちは,小郡からの夜行列車に乗るために,益田市を発った。
ぼくは,まゆさんに財布を預けていたから,とても気が楽だった。
その代わり,あまり我が儘はきいてもらえなかったが。
ぼくは,まゆさんに対して色々なことを性急に求めていたのだろうか。
ぼくは,もうまゆさん以外に誰もほしいと思わなくなっていた。
それほど,まゆさんはぼくの奥深くに入り込んでいた。
だけど,まだまだ経験の少ないまゆさんはどうだったのだろうか。
今は,ぼくに夢中になっているかも知れないが,やがて,ぼくのアラが見えてきて嫌になる可能性もある。
投げやりかも知れないが,ぼくは,それがまゆさんの出した結果だとすれば,それを受け入れるつもりでいた。
何故なら,それは,ぼくが今まで付き合ってきた女性に強いたことだったから。
何はともあれ,この旅は,二人に大きな足跡を残したのは事実だった。
寮に帰ってきて,旅費を精算した記憶が,ぼくにはない。
だから,黙ってまゆさんが出してくれていたとしても,ぼくには分からなかった。
ところが,このあと,ぼくのいい加減さで,まゆさんの気持ちを傷つけてしまうことが起こった。
(ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-9 に続く)
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