六
ぼくは,まゆさんの同級生が紹介してくれた,大学から5分くらいの小さなレストランでバイトすることになった。
まゆさんも,今までのところを辞めて,一緒に働くようになった。
同級生は,運転免許を持っていたので,出前の配達,ぼくはウエイター,まゆさんは,厨房に入って,シェフの補助という役割だった。
まゆさんは,相変わらず,日曜日にはお昼ご飯(時には夕食も)を作ってくれていたが,厨房で働く姿を見て,こんなに出来るのかと驚かされた。
ぼくは,母親以外に調理をしている女性を知らなかったから,まゆさんがぼくに食べさせてくれるメニューの豊富さの源泉は,ここにあるのかと思った。
時々,二人でスーパーへ食材の買い出しに出かけたが,まゆさんの頭の中には料理のメニューがすでにあるのか,いつも迷うことなく買っていたような気がする。
ぼくはといえば,まゆさんが持ってきた電気炊飯器に,言われたとおりのお米と水を張って,スイッチを入れるだけだった。
厨房には,もう一人年配のおばさんがおり,まゆさんにあれこれと指示をしていて,まゆさんは,このおばさんと仲がよかった。
まゆさんが休みで,ぼくが勤務のある日,おばさんに,
「まゆちゃんは,いつもあなたがちゃんと講義に出ているのか心配してるよ」
「まゆちゃんを泣かせたら承知しないからね」
と言われた。
まゆさんは,おばさんとどんな話をしていたか推測するしかないが,多分,好きな人がいるかというような話になり,ぼくと二人で出かけたことや,ぼくが,まゆさんにとっての初めての男性であることなどを話したのだろう。
また,職場(レストラン)での様子でそれが分かったに違いない。
おばさんは,まゆさんのぼくへの思いの深さを感じ,一言言わずにはおられない気持ちだったと思う。
ぼくは,まゆさんの気持ちが嬉しく,ここまで思われている自分は,まゆさんに何をしてあげているのだろうかと思った。
まゆさんは,時々実家の不満を漏らすようになった。
どうやら,まゆさんは長女で,小さい頃から,「お姉ちゃんだから」と言われて,色んなことを我慢するように育てられたようだった。
それだけに,家庭の中では,誰にも甘えられず,大学に入って,年上のぼくを知ることで,甘えられる存在を見つけたのかも知れない。
だから,今まで自分の中に溜めていたものを,堰を切るように吐き出したのか。
それを黙って頷いて聞いているぼくに気持ちが傾斜していったのか。
だから,「お兄ちゃん」と呼ぶようになったのか。
この頃のまゆさんは,ぼくに甘えきっていたように思う。
まゆさんは,このぼくに何を見つけたのか。
まゆさんには,どうしてつきあう気になったかのを聞いたことはない。
まゆさんも,ぼくにその理由を尋ねたことはなかった。
お互いに,そんなことを確認しないと不安になるような関係ではなかった。
ぼくには,まゆさんが傍にいるのは当たり前のことだったし,まゆさんもそうだったのだろう。
ただ,ぼくよりも,まゆさんの気持ちの方が強かったのは,ぼくへの一途な姿を見ていれば分かる。
やがて,大学も休みに入り,まゆさんは手伝いをするために,実家に帰っていった。
まゆさんが来なくなった部屋は,何か閑散としていて,ぼくを何かが欠けているような気持ちにさせた。
この時,ぼくは,まゆさんが,自分が思っていた以上に大きな存在なのだということに気づいたのだった。
ぼくは,まゆさんの実家に電話をして,声を聞くこともままならず,夏休みの長さを呪った。
(ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-7 に続く)
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