五
あの頃,まゆさんは,市内のレストランでウエイトレスのアルバイトをしていた。
その店のオーナーは,ゴルフ場のレストランも経営しているらしく,まゆさんも時々かり出されていた。
まゆさんは,バイトが終わってからも,必ずぼくの部屋にやってきて,女子寮の門限になっている二十四時近くまでいた。
ある日,まゆさんが,バイト先のレストランに来るように言った。
理由を尋ねると,ぼくに何か食べさせてくれるという。
約束した日にレストランに行くと,そこは,学生のぼくが行くような店ではない感じがした。
中に入ると,まゆさんの制服姿が目に入った。
「いらっしゃいませ」
と言って,水とおしぼりを持ってきた。
「何を注文すればいいの」
と訊くと,
「心配しないで」
と言って,カウンターの方に戻っていった。
まゆさんが運んできた料理は,学生のぼくには到底注文できないと思われる代物だった。
「こんなお金ないよ」
と言うと,
「大丈夫,もう支払ってある」
と,笑顔で言った。
まゆさんは,周りの人に,ぼくとの関係をどう説明したのだろうかと考えると,急に恥ずかしくなった。
食事が終わると,まゆさんはぼくを送り出し,
「もうすぐ終わるから近くで待ってて」
と言った。
店先で待っていると,私服に着替えたまゆさんが出てきた。
「とてもおいしかったけど,恥ずかしかった」
と言うと,まゆさんは,ぼくの腕に自分の腕を絡ませながら,
「一度はご馳走したかったの」
と言った。
ぼくはその言葉にまゆさんの思いの強さを感じ,また,まゆさんの気持ちがどんどん自分の中に入ってくることを実感した。
もう,まゆさんの眼中には,ぼくしか映っていないのかも知れなかった。
ぼくは,あの同級生が危惧したように,まゆさんの心を弄んでいたのだろうか。
日曜日になると,まゆさんはぼくを起こしに来て,お金がある時は,二人して遊びに出かけた。
まゆさんは,いつも何かしらの計画を持っていて,出かける先はまゆさんが決めるようになった。
それでも,まゆさんは,ぼくの懐を気にしてか,決して贅沢を言わなかった。
むしろ,ぼくにお金がない時は,まゆさんが足してくれた。
まゆさんとぼくの仲を知っている同級生も,これまでのように冷ややかな目で見ることはなくなっていた。
それは,彼らがぼくを信頼し始めたということよりも,まゆさんの一途さに冑を脱いだといった方が正確かも知れない。
それほど,まゆさんの気持ちは真っ直ぐぼくに向いていたのだろう。
ぼくも,あの同級生に言われた言葉を忘れていなかったから,まゆさんの気持ちから逃げるつもりは毛頭なかった。
むしろ,まゆさんの気持ちをしっかり捕まえておきたいという思いが強かった。
そして,まゆさんは,どんどんぼくに甘えてくるようになった。
ぼくには,まゆさんを甘えさせるほどの度量はないと思ったが,まゆさんがそうしたいならと,それを受け止める覚悟は出来ていた。
やがて,まゆさんは,二人きりになると,ぼくのことを「お兄ちゃん」と呼ぶようになった。
その言葉は,まゆさんの甘えたいという気持ちの象徴だったのだろうと思う。
(ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-6 に続く)
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