四
寮でのあの日以来,まゆさんのためらいはすっかりなくなっていた。
この旅を計画する時も,それは変わらなかった。
ぼくは,金沢でとんでもない失敗をしたので,この時から,計画は全てまゆさんが立案することになった。
また,ぼくは金銭感覚が乏しかったから,まゆさんも心配だったのかも知れない。
まゆさんが計画してきた行き先は,島根県の松江だった。
それは,京都から山陰線を夜行列車で行くというもので,しかも,寝台のある夜行ではなく,四人がけの客車で,夜十時に出て,松江には早朝に到着するのだった。
しかも,松江を観て回ってから,夜行で京都に帰るという強行軍だった。
こんなので大丈夫かと思ったけれど,まゆさんが折角計画したのだからと思い,ぼくは,何も言わずに同意した。
おそらく,まゆさんは,多少強行でも,ぼくに負担をかけまいとして,そんな計画を立てたのだろう。
案の定,その列車は空席だらけで,ぼくたちの車両には,二,三人の人が乗っているだけだった。
それでも,ぼくは,差し向かいに座っているまゆさんが,楽しそうにしているのが嬉しかった。
日付が変わる頃,まゆさんが,上の荷台から鞄を下ろし,プラスチックの箱を取り出した。
蓋を取ると,そこには二人分のおにぎりと卵焼きが入っていた。
「お腹が空くと思って」
まゆさんは,はにかんだように笑うと,食べるようにとそれを差し出した。
ぼくは,おにぎりを二つと卵焼きを食べた。
ぼくは,そのようなことに気がつかなかった自分を恥じた。
ところどころで停車した時,ぼくたちは外に出て,新鮮な空気を吸った。
やがて,話すこともなくなったのか,二人とも眠ってしまい,辺りが明るくなって目が醒めると,列車は安来を過ぎたところだった。
松江市に着いて,早朝から開いている喫茶店を探し,そこで朝食を食べながら,ぼくは,まゆさんに今日の予定を尋ねた。
まゆさんは,松江城付近を観光してから小泉八雲のゆかりの地を訪れ,出雲大社へ向かう計画を立てていた。
ぼくたちは,カメラを持っていなかったし,ぼくには写真を撮るという習慣はなかったので,まゆさんは,松江城に行った時,記念写真を撮ってくれる人を見つけると,
「記念写真撮ろう」
と言った。
「いいの,証拠写真になるよ」
「いい」
と言うので,記念写真を撮ってもらった。
それは,今でも二人のアルバムに収まっていて,ぼくは帽子を被っており,まゆさんの肩に手を回している。
ぼくたちは,松江を出て,列車を乗り継ぎ,出雲大社に向かった。
出雲大社は,荘厳な雰囲気で,大きなしめ縄みたいなものが飾られていた。
ぼくは,出雲大社で何をお願いしたのか憶えていないが,今の結果を見ると,その御利益はあったのだろう。
まゆさんは,ぼくとすっかりうちとけ,裸の心をさらけ出すようになっていた。
ぼくは,受け身だった女性が,このような変化をもたらすのは,どこに原因があるのだろうとぼんやりと考えていた。
まゆさんは,帰りの列車でも,とても明るい表情をしていて,ぼくには,それがとても眩しかった。
こうして,まゆさんとの二回目の旅行は終わった。
(ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-5 に続く)
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