七
長い夏休みが終わろうとする頃,まゆさんが,実家から帰ってくる日に,大学のもよりの駅で待ち合わせをすることになった。
ところが,ぼくは寝過ごしてしまい,あわてて時計をみると,まゆさんが到着する時刻から一時間も経っていた。
ぼくは,焦りながら,寮にある公衆電話から駅に電話をかけ,まゆさんを呼び出してもらった。
「はい」
という声は,重苦しく,怒っているに違いなかった。
駅で待っているように言って,バス停まで走っていき,5分くらいしてやってきたバスに飛び乗った。
言い訳を考えたが,何を言っても通用しないだろうと思い,ひたすら謝ることに決めた。
バスを降りて,改札口に走っていくと,まゆさんの姿が見えた。
「ごめん,遅くなって」
ぼくは,ひたすら謝り,まゆさんの許しを乞うた。
「今度は,絶対待たないからね」
と言うと,まゆさんは,ぼくの腕をとって,
「ご飯食べに行こう」
と,笑顔を見せて言った。
ぼくは,まゆさんの機嫌が直ったことに安堵し,
「どこでもいいよ,罪滅ぼしする」
「どこにしようかな」
と,ちょっと意地悪な表情をみせながら考えていたが,
「いつものところでいい」
と言った。
「それでいいの」
と訊くと,
「うん」
と答えた。
そこは,外食する時にはよく利用する店で,値段も安く,学生に人気があった。
いつもこうだった。
結局は,ぼくのことを考えて,まゆさんは譲歩する。
ぼくは,レストランのおばさんに言われたことを思い出し,自分がまゆさんからどれほど大事にされているかを改めて自覚した。
バスを降りて,寮へ向かう道中の坂で,ぼくは,まゆさんを引き寄せながら,
「あいたかった」
と言うと,
「わたしも」
と言って,ぼくにもたれかかってきた。
ぼくは,夏休みの間中,一人になると,まゆさんのことばかり考えていて,バイトにも身が入らない時があった。
なのに,今日という大事な日に寝坊するなんて。
寮に帰ると,まゆさんがお土産を持ってきてくれた。
それは何だったか思い出すことは出来ないが,とてもおいしかったことは憶えている。
やがて,9月に入り,いつもの大学生活が戻ってきた。
もうすぐ前期試験が始まるので,まゆさんはぼくの部屋で一緒に勉強した。
例によって,まゆさんのノートはぼくのバイブル的存在であった。
何とか前期試験も終わり,試験休みが間近に迫っていた(ぼくの大学は,後期が始まる前に一週間の休みがあった)。
まゆさんは,
「実家に帰っている時,考えてきたことがあるの」
「なに」
と訊くと,
「試験休みにどこかへ行こう」
と言った。
ぼくは,夏休みに結構アルバイトに精を出していたから,少しお金の余裕があった。
「いいよ」
と答えた。
計画を立てるのはまゆさんの役目だったので,
「予算は?」
「これくらい」
まゆさんの示した金額は,いつもより少し多いかな,と思ったが,反対はしなかった。
それには,理由があったことが,後日その計画をきいて初めて分かった。
ぼくの方も,考えていることがあった。
どこかへ出かける時は,ぼくが出したり,まゆさんに足してもらったり,時には割り勘にすることもあったので,
「まゆさんに全額渡すから,二人のお金でやりくりしてくれる」
と訊いた。
「わかった」
と,まゆさんが言ってくれたので,ぼくはその金額を渡した。
男の面子からすれば,出かける先で女性に支払わせることなど出来ようもないかも知れないが,ぼくは,そんなことに拘っていなかった。
それよりも,ぼくの懐具合をいつも気にするまゆさんに主導権を持たせることによって,まゆさんが満足できる旅行にしたいと思った。
後日,まゆさんが出してきた計画は,二人にとって,ちょっとした婚前旅行のようなものだった。
当時(70's)は,学生の身分で,しかも,彼女と二人で何日も旅行することなどは,私の周りでは極めてまれなことだった。
(ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-8 に続く)
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