ぼくを忘れていなかった祐ちゃん

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(まえがき)
この掌編は,ぼくに男の子と女の子との違いを見せた祐ちゃんの続編です。
成人して再会した時,祐ちゃんは幼い時のことを忘れはいませんでした。

 

ぼくが祐ちゃんと再会したのは,大学でゼミの教官室だった。

その時,ぼくはまさか祐ちゃんがそこにいるとは思わなかった。

それは,祐ちゃんも同じだったろう。

三年生の四月に専攻の教官を決めなければならなくなり,ぼくはみんなが余り選ぶことのない分野を選んだ。

そのため,その教室には同級生が十人しかおらず,男子が六人,女子が四人という構成だった。

最初に自己紹介をすることになり,それぞれが名前と出身地と専攻理由を述べた。

ぼくが自己紹介をした時,祐ちゃんは一瞬怪訝な顔をしたのを憶えている。

ぼくの方は,祐ちゃんの自己紹介には何ら反応せず,他の学生が行うのと同じ感覚しか持てなかった。

興味をひいたことといえば,出身県が同じということくらいだった。

祐ちゃんは,肌が白く目鼻立ちが綺麗で,背丈は150cmくらいしかなかった。

その日は,お互いの顔あわせだけで,後日教官と学生の交流を兼ねて,食事会をしようということになった。

居酒屋の個室で行われた食事会の時,祐ちゃんはぼくの隣になった。

「どうぞ」

祐ちゃんは,ビールをぼくのコップに注ぐと,

「同郷ですね」

と,言った。

「でも,ぼくはあなたと違って田舎ですから」

「そうなの」

「うん,みんなに自慢できるようなところじゃないよ」

その時は,祐ちゃんはそれ以上きくことはなかった。

食事会は何事もなく終わり,ぼくは自分のアパートに戻った。

ただ,祐ちゃんは何を思ったのか,機会がある毎にぼくのそばにやってきた。

ある日,教官の指導を受けて部屋を出た時,祐ちゃんがいた。

「どうだった」

「厳しいよ」

「みんなが選択しないから簡単だと思ったんだけど」

祐ちゃんは,にこっと笑いながら,

「まだ始まったばかりだから気楽にやりましょう」

と,言ってくれた。

その言い方は,ぼくに安心感を与えるような温もりがあった。

ゼミの発表の時にも,祐ちゃんはぼくの方をよく見ていた。

ぼくの方は,祐ちゃんが何故こちらを見るのか理解しかねていた。

ある日,ぼくはゼミの帰りに祐ちゃんにたずねた。

「よく分からないけど,何かおかしいかな」

「なにが」

「君がぼくの方を見ている気がして」

「自意識過剰かも知れないけれど」

祐ちゃんは,くすっと笑うと,

「気づかれていたみたいね」

と,言った。

「そりゃあ,ことあるごとにちらちら見られたら意識するよ」

「理由を教えて欲しい?」

「うん」

「わたしの間違いかも知れないから今は言えないわ」

と,謎をかけるような言い方をした。

「どんな間違いなの」

「それは言えない」

「わたしこれから研究会の会合があるから」

と,言うなり別の教室の方へ駆けて行った。

ぼくは,祐ちゃんの謎かけを考えてみたが,一向に答えが見つからなかった。

その後も祐ちゃんはぼくの方を見ることをやめることはなかった。

ぼくは,祐ちゃんに見つめられると恥ずかしくなってしまい,顔を下に向ける時もあった。

答えが見つからないまま三ヵ月過ぎ,やがて大学は夏休み入ろうとしていた。

休み前の最後の授業が終わった日,ぼくは郷里に戻るために電車を待っていた。

祐ちゃんも同じ電車だったらしく,ぼくを見つけるとこちらへ来た。

「どちらへ行くの?」

「夏休みだから家へ帰るつもり」

「どこまで帰るの?」

「どうしてそんなことをきくの?」

電車がホームに入ってきたので,祐ちゃんとぼくは隣同士に坐った。

「まぁいいじゃない」

「あなたはその理由を知りたいんでしょ」

「そりゃそうだけど」

「だったら素直に話した方が利口だと思うわ」

「わけわかんないよ」

祐ちゃんは,笑いながら促すような顔をした。

「ぼくの家は山奥の山村だよ」

「それはどんなところ?」

ぼくは,まわりの風景や廃れていく様子を話した。

「ねぇ,小学校はどんなところにあるの?」

「なんで」

「いいから話してみてよ」

「もう木造の校舎はないけど,川の傍にあって,水泳の授業は川でやっていた」

その言葉をきいた祐ちゃんの表情が一瞬変わったが,ぼくはそのことに気づかなかった。

「学校の前はどんな感じ?」

「どんな感じって?」

「ほら,どんなお家(うち)があったとか,何か特徴はないの」

「特徴か」

「そう言えば,駄菓子屋と駐在所があった」

「駄菓子屋はもうないけど,駐在所は今もある」

「木造の校舎はどうなったの?」

「地区の小学校が統合することになって,四年生の時に取り壊されて今は鉄筋の建物になってる」

「そう」

祐ちゃんは,頷いてきいていたが,ふと顔をあげると遠くを見つめる顔になった。

「どうかしたの」

「ううん」

こんな話を一時間近く話していたが,祐ちゃんの降りる駅が近づいたらしく,立ち上がると,

「わたしここで降りるから」

「ありがとう,とても参考になった」

「参考になることなんてあった?」

「うん,もう充分すぎるくらい」

と,笑いながら言って,電車を降りた。

ぼくは,自分の素性を一方的に白状させられたようなものだった。

しかし,ぼくの方も祐ちゃんが興味を持ってくれていることに不愉快なわけではなかった。

むしろ,小柄な祐ちゃんが可愛く思えてくる自分を意識していた。

夏休みが明けて大学が始まった。

祐ちゃんは,相変わらずぼくへの関心を持ち続けているようだった。

そして,何かあるとぼくのそばに来て,親しげに話した。

それは,夏休み前とは違い,二人の距離を縮めるような感じだった。

祐ちゃんの中では,何かが確信に変わっていて,それがぼくへの態度をますます積極的にしているようだった。

ぼくもわけが分からないまま祐ちゃんに惹かれていった。

祐ちゃんは小さかったから,まだ少女のような感じを残していて,それがとても可愛かった。

ぼくと並ぶと,祐ちゃんはぼくの肩のところくらいしかなかった。

そんな中途半端な関係が続き,そろそろ冬がやってこようとしていた。

ある日,大学の前のバス停でバスを待っていると,祐ちゃんが来て,

「どこへ行くの?」

「アパートに帰るところ」

「わたしもよ」

「どこにあるの?」

「ここからバスで十分くらいのとこ」

「そう」

バスに乗り込むと,他の学生のこともあって祐ちゃんは黙っていた。

バスは満員だったので,ぼくと祐ちゃんは体を押しつけあう格好になった。

祐ちゃんは,頬を少し赤らめると恥ずかしそうに下を向いていた。

ぼくは,無関心を装うように天井を見上げていた。

バスを降りようとすると,祐ちゃんも降りてきた。

「あれ,同じバス停なの」

祐ちゃんは,恥ずかしそうに言った。

「うん,ここから歩いて五分くらい」

「どっち?」

左の方向を指さすと,

「わたしと反対ね」

「じゃぁ」

と言って,祐ちゃんは反対の方向に歩いて行った。

ぼくは,自分のアパートに向かいながら,まだ残っている祐ちゃんの感触を思い出していた。

祐ちゃんの謎は一体何だろう。

小学校のことをきいてなんの関係があるのだろうか。

普通は,幼い時のことは滅多にきかないし,話もしないだろう。

それなのに,祐ちゃんは頻りにそれをききたがった。

そこに答えの糸口があるのだろうか。

過ぎ去った日々なんかは記憶の底に沈んでしまっている。

それを呼び起こさないと出てこないものなんだろうか。

ぼくは,答えを知りたいと思ったが,反面,ためらいもあった。

全てが綺麗なことばかりじゃないから,今更思い出したくもないこともある。

でも,祐ちゃんはそれを思い出さそうとしているのだろうか。

こんなことを考えると,自分が祐ちゃんに引き寄せられていくのが分かった。

確かに,祐ちゃんとは今出逢った感じが余りしないのは不思議だった。

その感覚がどこから来ているのかはまだ知る由(よし)もなかった。

ゼミの帰り,祐ちゃんが,

「どこかでお茶しない?」

と言うので,

「いいけど,そろそろ答え教えてよ」

「そうね」

と,はにかんだようにいたずらっぽく笑った。

その表情は,祐ちゃんにぼくの心を一層引きずり込ませた。

喫茶店に入って,真向かいに坐った祐ちゃんは,どうしようかなという顔をしていたが,

「もう少し,あなたのお家の風景を教えて欲しい」

「そんなのきいてどうするの」

「ありきたりの田舎だよ」

「いいから」

ぼくは,祐ちゃんの質問に答えるように,田舎のことを話した。

ぼくの話をきいている祐ちゃんの目はきらきらしてとても眩しいくらいだった。

そして,その目はぼくへの思いを語っているようだった。

「帰りましょうか」

「うん」

「ぼくがだすよ」

「ありがとう」

店を出ると,祐ちゃんはぼくと体が擦れ合うくらいの感じで歩いていた。

「もう帰る?」

「うん」

「どこかで食事でもしない?」

まわりはすっかり暗くなっていて,お腹も空いていたので,

「どこがいい?」

「あなたに任せるわ」

「たいしたところは知らないよ」

「いいのよ」

ぼくは祐ちゃんをアパートの近くの食堂へ案内した。

そこは,年配のご夫婦がやっているお店で,色々なおかずがおいてあり,それを選んで食べるようになっていた。

値段も安く,家庭料理の雰囲気を残しているのが好きだった。

祐ちゃんは,珍しそうにまわりを見渡すと,適当なおかずを選んで坐った。

おばさんが,お茶をもってきて,

「あら,今日は可愛らしい娘さんと一緒なんだね」

「まあ」

ぼくは曖昧な言い方をした。

「この人はね,夕食はここしか来ないみたいなんだよ」

「よほどお袋さんが恋しいんだね」

「違うよ」

ぼくは,おばさんの一言に恥ずかしくなってしまった。

「ごちそうさまでした。とてもおいしかった」

祐ちゃんは,満足したような顔をおばさんに向けていった。

「どういたしまして。この子は男やもめだから何とかしてやってよ」

と,祐ちゃんに冗談ともつかぬ物言いをしたものだから,

「ええ」

と小さな声で答えた。

「おばさんやめてよ,恥ずかしいじゃない」

「どうして,若い人がこんなところに三年も通うなんておかしいよ」

「ここは安いしおいしいからつい来てしてしまうんだよ」

「そりゃ有り難いけどね」

と,おばさんはにこやかに言い,祐ちゃんに向かって,

「宜しくお願いするわね」

と,言った。

祐ちゃんは,頬を赤らめてうつむいていた。

店をでると,

「ごめん,まさかおばさんがあんな話をするとは思わなかった」

祐ちゃんはうつむいていたが,顔をあげると,突然,

「おばさんの言うとおりよ」

と,言ってぼくに抱きついてきた。

「どうしたの」

しばらくそのままにしていたが,体を離すと,

「お休み」

と言って,祐ちゃんは,自分のアパートの方に向かって駆け出していった。

ぼくは,アパートへ向かう道すがら今起こったことの意味を考えていた。

祐ちゃんはぼくを好きだったのか。

ぼくも祐ちゃんが好きなことは変わりないけれど,まだ祐ちゃんに気持ちを打ち明けるまでには至っていない。

しかし,ぼくの話をきくにつれ,祐ちゃんの気持ちが強くなっているのは気がついていた。

でも,それは一種の懐かしさであって,ぼくに対する思いとは考えもしなかった。

祐ちゃんの中には何が芽生えているのだろう。

幼き日の思い出が引き金になっているのだろうか。

翌日,祐ちゃんは,

「昨夜はごめんなさい」

「でも,本当の気持ちだから」

と,真剣な眼差しで言った。

「うん」

「ねえ,あなたのアパートに行ってもいい?」

「かまわないけど。汚いよ」

「いいわ」

「それじゃ,この土曜日にね」

「どこで待ってればいい?」

「バス停のところで午後八時に」

「わかった」

八時前にバス停に行くと,祐ちゃんは既にそこにいた。

ぼくを見上げて,

「わたしのことをどう思ってる?」

「どうって?」

「鈍い人ね」

「もちろん,好きだよ」

「よかった」

祐ちゃんは,そう言うとぼくの手を取って,

「早くいきましょう」

「今夜は答えを教えてあげる」

「うん」

部屋に入ると,

「男の人の部屋って案外何もないのね」

「そうかな。こんなもんだと思うけど」

「コップある?」

「そこにある」

と台所を指さした。

二つを机に置くと,

「奮発してワイン買ってきた」

「高かっただろ」

「いいじゃない」

袋からつまみを取り出して広げて,ワインをつぐと,

「乾杯」

と,言ってぼくの方に向かって差し出したので,慌ててコップをつかんで,

「乾杯」

と,言ってはみたものの,

「なにに乾杯なの」

「わたしが間違っていなかったことに」

「何が間違っていなかったんだよ」

「わからない?」

「うん」

「わたしの名前を言ってみて」

「下野祐子だろ」

「思い出さない?」

「何を」

「どうしてわたしが小学校のことをきいたのか分からない?」

「単なる昔話だろ」

祐ちゃんは,ぼくのそばにきて,桜色に染まった頬を見せて,

「バカなひと」

と,言って抱きついてきた。

「あなたは,幼い時にわたしの裸を見たただひとりの男(ひと)よ」

と,喘ぐような声で言った。

ぼくにも記憶の片隅からよみがえるものがあった。

「まさか」

「そう,そのまさかよ」

「どうして?」

「君は始めから分かっていたのか」

「ううん,始めは確信がなかった」

「でも,あなたの話をきいていくうちに絶対間違いないと思ったの」

「それで,家に帰って小さい時の写真を確かめたら,あなたの言うとおりだった」

「わたしは,あの時のことは今でも鮮明に覚えているわ」

「それは,ぼくも」

「だったら,どうして気づかないの」

「だって,小さな頃の面影なんてないじゃないか」

「もう十年以上たっているし」

「わたしは覚えていたわ」

「あなたの面影は今でも思い出せる」

「あまり話すことはなかったけど,忘れることもなかったわ」

「そうだったのか」

祐ちゃんは,潤んだ瞳でぼくに近づくと唇を重ねてきた。

「やっと気づいてくれた」

「でも」

「わたしには忘れられない鮮烈な思い出なの」

「あれから何年も過ぎたじゃないか」

「確かにそうよ」

「でも,あなたを一目見た時にあの時の感情がよみがえってきたわ」

「どんな」

「わたしは,あなたと余り話さなかったけれど,あなたが好きだったのよ」

「だから,あなたの話をきいているうちにその気持ちがつよくなったの」

ぼくは,祐ちゃんの唇を塞いだ。

「そんなに思っていたの」

「そういうわけじゃないけど,あの時のあなたと変わっていないと思った」

「そう思うと,気持ちがおさえられなくなった」

祐ちゃんは,ぼくにすがりついて,

「今夜ここにとまってもいい?」

と,濡れた声で言った。

「いいけど」

「男だから我慢できないかも知れないよ」

「いい」

しばらく,昔話に花を咲かせていたが,

「もうそろそろやすみましょうか」

「うん」

「本当にいいの?」

「いいのよ」

「今日はその覚悟をしてきたの」

ぼくは,押し入れから布団を出して敷いた。

「うしろを向いていて」

「あなたも裸になって」

ぼくは言われるままに裸になった。

布が擦れる音がしていたが,

「こっちをむいて」

促されてふり返ると,一糸まとわぬ祐ちゃんの姿があった。

「大人になったわたしを見て」

小学校の時に見たそれとは違い,大人の女性の姿がそこにあった。

祐ちゃんは,ぼくに抱きつくと,

「あなたにあげる」

と,湿った声で言った。

ぼくは,電気を消して,祐ちゃんを抱き上げると,布団に横たえた。

祐ちゃんは酔いも手伝っていたのか,荒い息をしていた。

乳房は小ぶりでぼくの手の中にすっぽりおさまった。

ゆっくり揉みしだくと,喘ぎ声は濡れてきた。

祐ちゃん自身に手をやると,一瞬ぴくんとしたが,

「大人になったでしょ」

「うん」

ぼくは,何か懐かしいものに触れるような気がした。

祐ちゃんのそこは充分潤っており,

「いいの」

「うん」

その言葉を合図に祐ちゃんに中に入ってった。

祐ちゃんは一瞬顔をしかめたが,やがて安らいだような顔つきになり,

「うれしい」

と,言ってぼくの背に手をまわしきつくしめてきた。

祐ちゃんの中は温かくて気持ちいいものだから,

「どうしよう」

「なにが」

喘ぎながらきいたので,

「いきそうになる」

「大丈夫,そのままいって」

「でも」

「心配しないで。あなたに迷惑はかけないわ」

「わかった」

ぼくは,その時もし祐ちゃんに子供が出来たら,すぐにご両親に会って許しを得る覚悟をした。

「いくよ」

「うん」

ぼくは祐ちゃんの中にいった。

祐ちゃんは,ぼくの胸に顔をうずめながら,

「こんな大胆な女はきらい?」

「そんなことはないよ」

「ただ,少し驚いただけ」

「そうよね」

「でも好きだからどうしようもないわ」

「うん」

ぼくと祐ちゃんは生まれたままの格好で眠った。

目覚めた時,祐ちゃんは可愛らしい寝顔を見せていた。

そんな祐ちゃんに我慢できず,ぼくは祐ちゃんをまさぐった。

「ううん」

その刺戟に目が醒めたのか,ぼくに抱きついてきた。

ぼくは,祐ちゃんを抱いた。

服を着て正面に坐った祐ちゃんは少し恥ずかしそうにしていたが,それがとても可愛かった。

その後,祐ちゃんは毎晩のようにぼくのところに来て,夕ご飯を作ってくれた。

そして,翌日に授業がない日は泊まっていった。

久しぶりに,おばさんのところに二人で顔を出した時,

「おやまあ,来なくなったと思ったら,この前の娘さんとできたのね」

と,祐ちゃんの顔を見つめていった。

「はい」

祐ちゃんは小さな声で答えた。

やがて,卒業の時が到来し,ぼくは祐ちゃんのご両親に挨拶に行きたいと言った。

「ちょっと待って」

「父の職業を知ってるでしょ」

「うん」

「だから突然行くとわけが分からなくなってあなたを追い出すかも知れないわ」

「どうしたらいい」

「母親に先に言って,父にそれとなく言ってもらう」

「それまで待っていて」

「わかった」

卒業して社会人になってからも祐ちゃんとは逢っていたが,なかなか家に来てもいいとは言ってくれなかったので,

「お父さんのようすはどうなの」

「うん,母親から言ってもらってるんだけど首をたてに振らないのよ」

「そりゃきびしいなぁ」

「弟が二人いて,女はわたし一人だからこだわってるの」

「そうか」

それから半年が過ぎた頃,

「ごめんね,やっと連れてこいと言ってくれた」

「いいよ,気にしてない」

ぼくは,日曜日に祐ちゃんの実家に行くことになった。

玄関で待っていた祐ちゃんは,少し緊張した顔つきをしていた。

応接間に招じ入れてもらい,待っていると五分くらいして祐ちゃんのお父さんが入ってきた。

その顔は厳しいもので,到底ぼくを受け入れてくれそうになかったが,自分の名をなのり,祐ちゃんをお嫁さんに欲しいことを伝えた。

ぼくの横に坐っている祐ちゃんは,うつむいて硬くなっていた。

お父さんはしばらく黙っていたが,

「君は祐子といつからつきあっているのかね」

「三年生の冬からです」

「祐子,そうなのか」

「うん」

祐ちゃんはうつむいまま答えた。

お父さんは苦虫を噛み潰したような顔をして,

「祐子,おまえはどうなんだ」

「このひとと結婚したいのか」

「うん」

「本当にこのひとでいいんだな」

「うん」

そして,お母さんの方を向くと,

「おまえは賛成なのか」

「わたしは祐子を信頼していますから賛成です」

お父さんは,少しの間天井を見上げていたが,

「わかった」

と,言って席を立った。

お母さんは場をとりなすように,

「ごめんなさいね,ああ見えても祐子がお嫁に行くのは嬉しいんだけど,とても寂しいのよ」

と,言った。

ややあって,お父さんは,冷酒とコップを二つもってきて,ぼくの前に置きそれを注いだ。

「君は飲めるほうか」

「余り飲めません」

「その方がいい。飲めたところで何もならない」

お父さんは,乾杯といった素振りをみせてそれを飲んだ。

「まぁ,今日はめでたい席だ。ゆっくり飲みたまえ」

「酔っ払ったら泊まっていけばいい」

「ありがとうございます」

ぼくは,緊張がとけると,あっというまに酔いがまわってきた。

お母さんと祐ちゃんはほっとした顔でお父さんとぼくを交互に眺めていた。

その日ぼくはしこたま酔ってしまい,泊まらせてもらうことになった。

翌朝,祐ちゃんはとても嬉しそうな顔でぼくを起こしに来た。

「ごめんね,心配させて」

「とてもいいお父さんじゃない」

「ありがとう」

朝食をいただいてから,ぼくと祐ちゃんは二人で出かけた。

後は,結婚式の日程を決めるだけだった。

「今度はあなたの田舎に連れて行ってね」

「わかった」

ぼくは祐ちゃんの肩を抱き寄せキスをした。

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初稿:2017.10.16

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