あの時代(70’s)の高校生は,旺文社か学研の学習雑誌を購読しているのが常だった。
その雑誌の文通欄に応募したぼくに応えてくれたのが文ちゃんだった。
中学校から進学した同級生は誰もおらず,初めて実家を離れて高校生活を送っていたぼくは,その寂しさを紛らわすために応募したのだった。
ぼくが希望した地域は北海道だった。
文ちゃんがぼくの住んでいる地域を希望していたのか今となっては分からない。
文ちゃんからの手紙を初めて受け取った時,ぼくには昂揚と一瞬のためらいがあった。
同世代の女の子と手紙のやりとりが始まることに対して,はっきりとした決心というべきものがなかったのだった。
何を書いて返信したのかは,記憶の底を手繰っても出てこない。
文ちゃんは定期的に手紙を寄越してくれた。
そこには,北海道の四季の様子や楽しそうな高校生活が書かれていた。
お互いに写真を交換して,文ちゃんのイメージがはっきりした。
文面はとても明るく,孤独で半ば鬱積した日々を送っていたぼくには心温まるものだった。
優しい言葉に込められた文ちゃんの気持ちがとても嬉しかった。
大学を不合格になって浪人を余儀なくされた時,文ちゃんはずっと応援し続けてくれた。
文ちゃんの存在がなかったら,ともすれば荒れそうになる自分の気持ちを持ちこたえられたどうかは分からない。
でも,文ちゃんは,高校を卒業して社会人になっていたから,こんなぼくとのやりとりなんかをする必要はなかったんじゃないか。
文ちゃんが遠ざかってしまう不安を抱えながら,その励ましに甘えていた。
やがて,ぼくの目標は,文ちゃんの住む地域の大学への進学となっていった。
だけど,ぼくの成績ではそれは叶わなかった。
何とか合格し,大学の寮の住所を書いて送った。
お互いに二十歳になり,それぞれ別の道を歩き始める時期であったのに,文ちゃんは便りをくれた。
文ちゃんには付き合っている人がいて,ぼくとのやりとりは遊びだったのかも知れない。
でも,ぼくにはそんなことはどうでもよかった。
二年生になった時,文ちゃんの手紙に,時間があれば来るようにと誘いがあった。
ぼくは,アルバイトでお金を貯めることにして,何とかその資金を作ることが出来た。
大学の先輩が,夏休みに北海道に行くことを耳にして,車に同乗させてもらうことになった。
文ちゃんには,到着予定日を知らせて,待ち合わせ場所も決めた。
仕事帰りに姿を現した文ちゃんは,すっかり大人になっていて,ぼくは凄く気後れした。
ぼくは,すっかりあがってしまって,文ちゃんに何を話したのか憶えていない。
文ちゃんに食事とデザートを奢ってもらい,札幌駅まで送っていった。
改札口に入っていく文ちゃんの後ろ姿を見ながら,何も言えなかった自分が情けなかった。
翌日,ぼくは先輩と別れて,文ちゃんの住んでいる街を一人で歩き回った。
それは,文ちゃんのことを少しでも心に刻んでおきたいという衝動だった。
その後の北海道巡りは,文ちゃんへの未練がつのる旅だった。
大学が始まり,事実上文ちゃんとのことが終わったと思っていたぼくは,その便りをみてどうしていいか分からなかった。
その中には,あの時は楽しかったと書かれていたが,一歩も前に進めなかったぼくにはそれがかえって辛かった。
ぼくは,どんな返事を書けばいいのか分からず,そのままにしておいた。
ぼくにしてみれば,この先何の進展も見込めないままに返事を書くことは出来なかった。
ぼくは,このまま自然消滅していくことが,最も相応しいことだと思っていた。
時間が経つにつれ,文ちゃんのことはぼくの記憶から消え去ろうとしていた。
そして,ぼくには新しい彼女が出来て,文ちゃんのことは,過去のものになっていった。
最後の便りが届いた時,つきあい始めた彼女が,たまたまぼくよりも早く部屋に来て,それを見つけてしまった。
文ちゃんとのことが終わったと思っていたぼくは,彼女を愛していたし,文ちゃんにも未練を持ちたくはなかった。
それで,ぼくは,内容を確かめもせず,彼女の目の前でそれを破り捨てた。
返信できなかったぼくの気持ちを察したのか,文ちゃんからも便りは来なくなった。
本当は,ぼくの方から,文ちゃんとの関係を終わらせる手紙をきちんと書くべきだったのだ。
それをしなかったために,結局,ぼくは二人の女性を傷つけてしまうことになった。
心の柔らかい思春期にぼくを励まし続けてくれた文ちゃん。
たった一度の出逢いだったけれど,ぼくにはとても素敵な時間だった。
文ちゃん,今も元気にしているか。
人生の最も燃えさかる青春という季節に,文ちゃんがぼくの心を支え続けてくれたことは,何ものにも変えがたいことだった。
文ちゃん,本当にありがとう。
ぼくは,今でも,文ちゃんがしてくれたことに感謝しているよ。
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