逝ってしまった茂ちゃん

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茂ちゃんは大学の同級生だった。

同じ研究室で,メンバーはわずか十名だった。

田舎から出てきて,大学生になったものの,女性を身近に感じながら学生生活を送るのは初めてだった。

茂ちゃんは,背丈は余り大きくなかったが,真ん中で分けた長い黒髪が印象的だった。

県内屈指の進学校を出て,将来を嘱望されていた茂ちゃん。

そんな茂ちゃんが眩しくて仕方がなかった。

女性と付き合ったことさえないぼくは,遠くから茂ちゃんを見つめることで精一杯だった。

細い切れ長の眼をしていて,いつも屈託なく笑っていたっけ。

ぼくは,やんごとなき理由で,途中から大学をドロップアウトしそうになり,茂ちゃんを見ることはなくなった。

けれど,茂ちゃんのことはいつも思っていた。

そんなぼくにも彼女が出来て,茂ちゃんのことを思わなくなった。

大学を卒業して実家に帰って仕事に就き,茂ちゃんのことを忘れていたら,後輩から茂ちゃんが死んだという知らせが入った。

茂ちゃんは,大学院への進学がかなえられず,地元の医科大学の医局で仕事をしていると風の便りで聞いてはいた。

ぼくは,その知らせを聞いた時,茂ちゃんの苦しみを分かりもせず,後輩に冷たい言葉を吐いて,ひどく叱られた。

聞くところによれば,最後は拒食症のようになって,何も食べずに衰弱死だったという。

後年,ぼくも職場から大学の医局に専攻生という身分で3年間通わせてもらった。

その時感じたことは,強烈なエリート意識を持っている人達の中で時間を過ごすのは,苦痛を伴うこともあるということ。

ぼくも,なかなか受け入れて貰えず,暇さえあれば喫茶店で油を売っていたと思う。

閉ざされた排他的な集団の中で泳ぐのは,相当苦しかったに違いない。

何か自分の誇りすら失わされてしまうことが起こったのか。

それは,食事すら受けつけなくなることだったのか。

それは,自分の命を絶つほどのことだったのか。

それは,茂ちゃんにしか分からないだろう。

どうして,もう少し頑張れなかったのかと言うつもりはない。

ここまで生きてきて,ぼくも何度かそのような時があったから。

 

ぼくの憧れの茂ちゃんは逝ってしまった。

ぼくには,あの長い黒髪と切れ長の眼で屈託なく笑う茂ちゃんしかいない。

茂ちゃん,ほんの一瞬の出逢いだったけれど,君はぼくの初恋の女(ひと)だったのかも知れない。

それにしても,どうして君は逝ってしまったのか。

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