仁志君は,僕と同級生で,一時相部屋になった。
僕は,仁志君が紹介してくれた本屋でバイトをしていた。
仁志君は,北海道出身で,FM放送が聴けるから入学して来たという変わり種だった。
仁志君は,ギターがうまく,歌も上手だった。
そんな理由だったから,講義はたった一回しか出ず,専らアルバイトばかりしていた。
仁志君と相部屋の頃は,僕も大学を休んでいたので,アルバイトに精を出していた。
そんなわけで,一般の学生よりは,少し金銭的な余裕があった。
学生にあるまじきお金を持って,気が大きくなっていたのどうか分からないが,女性を知っているかという話になった。
あろうことか,仁志君は,全国でも有名な歓楽街に,女性を買いに行くことを提案してきた。
僕たちは,どのようにして行ったらいいのかよく分からなかったので,とりあえず,電車でそこの近くだと思われるところまで行き,そこから歩いた。
確か,約一時間近く歩いた記憶がある。
店に入ると,受付の男性に,ロビーの待合で待つように言われた。
昼間だったのか,他の客はあまりいなかったような気がする。
仁志君が先に呼ばれ,しばらくして,僕よりかなり年上に見える女性がやってきて,僕を部屋に連れて行った。
おねえさんは,僕に裸になるように促すと,椅子に座らせ,体を洗ってくれた。
続いて,僕を空気の入ったマットの上に寝かせ,ヌルヌルしたものを全身に塗ったあと,おねえさんが体をこすりつけてきた。
それは,つるつるしていて,よく滑り,体を動かすおねえさんの感触もあまりなかった。
それが終わると,おねえさんは,僕にシャワーをかけて,それを洗い流した。
僕は,寝台のようなところに仰向けに寝かされ,おねえさんが,僕自身を刺激して,大きくなると,コンドームをかぶせた。
おねえさんは,中腰になって,僕のものを中に入れた。
その間,おねえさんは,女性の官能的な反応を見せることもなく,僕の上で,規則的に腰を動かしているだけだった。
どれくらいの時間が経ったのか分からないが,おねえさんが僕の上からおりた。
そして,僕にかぶせたコンドームを外し,タオルで僕自身をきれいに拭いた。
僕は,自分がいったという感覚はなく,おねえさんは,何かオートメーションのように,淡々と作業をこなしていたような感じがした。
そこには,気持ちの交流などはあろう筈もなく,男性特有の生理を満足させるということだけがあった。
おねえさんには,初心者の僕を優しく導くというような心遣いは見られず,むしろ,僕をあしらっていると思わせる雰囲気があった。
終わって,ロビーに戻ると,仁志君はいなかった。
仕方なく,所在なげに待っていると,仁志君がニコニコとして,若い女の子に送られてきた。
外に出ると,仁志君は,
「どうだった」
と訊いたので,僕は,曖昧に,
「まあ」
とだけ返事をした。
「こっちは,俺と余り年が変わらない子で,入ったばかりでぎこちなかったけれど,商売慣れしていなくてよかった」
「思わず延長したよ」
仁志君は,満足げな表情を浮かべて言った。
僕は,わずか九十分で,一ヶ月のバイト代以上のお金が吹っ飛ぶことに,何か虚しさを覚えていた。
まだしも,仁志君のように満足できればいいものの,僕の場合は最悪だった。
これ以降,僕は,気持ちの入っていない,男性の生理を満足させるだけの行為は,自分に相応しくないと思うようになった。
また,おねえさんは,僕に対して,冷めた態度をとることによって,僕のような者が来るところではない,と暗に示したかったのだと思うようにした。
仁志君,代償はかなり大きかったけれど,いい社会勉強にはなったと思う。
だけど,二度とあのようなところには足を向けないよ。
僕にとっては,コストパフォーマンスが悪すぎる。
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