センス

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あれは,約25年くらい前のことだったと思う。
職場の親しい友人と,山葵蕎麦を食べるために,長野県安曇野へ土曜日の夜から出かけたことがある。

中央道塩尻インターのサービスエリアまで一気に走り,そこでしばらく仮眠を取ってから,朝一番にその店に入った。
確か,山葵園を経営しておられた店のように記憶している。

11月下旬の頃で,早朝の空気は冷たかったが,澄んだ空気がとても気持ちよかった。
蕎麦を堪能して,白馬から糸魚川を抜けて北陸自動車道を南下しようということになった。
青木湖を過ぎて,白馬に入ろうとしている時,山の稜線が白くなっていることに気づいた。

その時,反対車線を走ってくる1台の赤いオープンカーがあった。
運転しておられた初老の方(確か白髪だったと思う)は,灰色のツイードのジャケットにアスコットタイをされていた。
30代に入ったばかりの私には,年の頃は想定しかねたが,その姿が凄く格好良かったのを覚えている。

車というのは,そうやって乗りこなすのかと思った。
その方の顔は全く思い出せないが,映画の1シーンと思わせるくらいの素敵な想い出である。
その時,センスの良さというのは,こういうことをいうのだと分かったような気がした。
まるで,英国の紳士が眼前に現れたような錯覚にとらわれたのだ。

最も綺麗な一瞬。

それは,職場の一女性が垣間見せてくれた。
本人は全く知らない。
私が,声をかけようと顔を上げた瞬間,机に向かっている彼女の顔が見えた。
私は,一途に下を向いて仕事をしている姿を見て息をのんだ。

目にしたその横顔はとても美しく,動きそのものが止まって,それまであった現実感を喪失し,何かの光景を見ているようだった。
普段は,明るくて愛嬌のある女性であるが,その時の無心な姿は,大袈裟かも知れないが,ある意味での「美」の本質を私に教えてくれたような気がする。
この一瞬は,今も私だけの中にある。

「センス」という極めて主観的で曖昧なことを,客観的に解説するのは困難であるが,その中にあっても,万人が認めるものがあるような気がしている。
当人は意識せずとも,見せられる側にとっては鮮烈な印象であった。
本当のセンスというのは,何かを飾ることでもなく,日常の中にごく普通に存在しており,我々は気づいていないだけなのかも知れない。

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