ぼくに泣かされた中川先生

更新日:

中川先生は,ぼくが中学二年の時,新任(新卒)として赴任してきた。

先生は,今の芸能人で言えば,沢口靖子の若い時にそっくりで,笑顔の綺麗な女性だった。

先生は,学校では唯一の若い未婚の女性だったので,どうしてもぼくたちの興味を引いた。

先生は,学校の傍の官舎に住んでいて,校長先生もそうだったから,ぼくたちが校庭で遊んでいると,いつも二人でやってきた。

ぼくたちは,それを見て,二人はできているんじゃないか,と囁きあったりした。

ぼくたちは,都会的で綺麗な女性などは見たことはなかったら,羨ましかったのだ。

先生の担当は,数学で,できの悪かったぼくと三人の男子は,いつも怒られていた。

おまけに,反抗期だったから,先生の言うことを少しもきかなかった。

先生は,都会と違って,こんな田舎にも悪童がいるとは思わなかったに違いない。

その意味では,先生は,ぼくたちを教えることに相当苦労したのだろうと思う。

どういういきさつか分からないが,先生が「保健」を担当することになったらしい。

先生は,勝手が違う様子を見せながら,ぼくたちに教えていた。

まじめな先生は,授業の最後に,いつも,

「何か質問はありませんか」

とたずねた。

当時(60's)は,男女別々に「保健」を教えることになっていた。

そこで,数学の時間に怒られてばかりいたぼくたちは,先生をからかう気持ちで,順番に質問することを相談し合った。

誰かが,こんなのはどうかと言った。

それは,

「どうしたら子供が生まれるのですか」

というものだった。

何しろ「保健」の授業だから,あながち的外れでもなかった。

皆でじゃんけんした結果,ぼくは二番目になった。

次の授業の時,いつものように先生が,

「何か質問はありませんか」

と言ったので,最初になった友達が,ちょっとはにかみながら,

「先生,どうしたら子供が生まれるのですか」

ときいた。

先生は,一瞬ためらい,顔を赤らめこわばったように見えた。

先生は,何も言わず黙っていた。

終了のベルが鳴ったので,先生は,

「これで終わります」

と言って,あわてて教室を出て行った。

ぼくたちは,もしかすると,他の先生に言いつけられるかも知れないと警戒していたが,その様子はなかった。

数学の時間になると,先生は生き生きしており,相変わらずぼくたちは先生の的になっていた。

勿論,先生は,ぼくたちに理解させようとして,一所懸命になってくれていただけだった。

だけど,ぼくたちは,いつも先生に当てられてばかりで面白くなかった。

翌週になって,「保健」の時間がやってきた。

先生は,少し緊張した面持ちで授業をしていたが,まさか,今回も同じ質問をされるとは思わなかったのだろう。

最後になって,先生は,

「何か質問はありませんか」

と言ったので,順番になっていたぼくは,手を挙げて,

「先生,前にも他の子が質問したと思うのですが,その答えをもらっていませんので,教えてくれませんか」

「ぼくたちはどうしても知りたいんです」

と言うと,先生は,急に泣き出しそうになったかと思うと,目に涙をためて,教室を出て行ってしまった。

しばらくしてから,校長先生が教室に入ってきて,

「誰だ,中川先生を泣かせたのは」

と,すごく怖い顔で言った。

誰も何も言わずに黙っていた。

「まあいい,先生に聞けば分かることだから」

と言った。

ぼくは,きっと職員室に呼ばれて,みんなに嫌われている教頭に油を絞られることを覚悟した。

しかし,先生は,ぼくの名前を言わなかったようだった。

その後も,呼び出されることはなかった。

そのかわりと言ってはなんだが,翌週の「保健」の授業にやってきたのは,校長先生だった。

先生は,

「今日から,中川先生のかわりに,僕が君たちに教えるから」

と言った。

ぼくたちは,一瞬きょとんとして,どう反応していいのか分からなかった。

まさか校長先生が来るとは誰も予想していなかった。

次の数学の授業の時,先生は,ちょっと緊張した様子で教室に入ってきた。

ぼくもばつが悪く,先生の顔を見ることが出来なかった。

そして,あれ以来,先生は,ぼくたちの前では,

「何か質問はありませんか」

と決して言わなくなった。

校長先生はといえば,当然「保健」の授業などやるはずもなく,ぼくたちに,写真が沢山掲載されている雑誌を持ってきた。

その雑誌には,戦争で空襲を受けた後の焼け野原や,負傷した人達が載っていた。

ぼくたちは,当然戦争のことなんかは知らないから,先生に色々質問したことを憶えている。

また,先生は,学生の時はラグビーの選手で,試合中に骨折したにもかかわらず,それが分からないまま最後まで出場したことを話してくれた。

それは,授業という形式に拘らない先生との全く自由なやりとりだった。

ぼくは,校長先生の「保健」の授業が一番好きだった。

 

中川先生,本当にごめんなさい。

ぼくは,密かに先生に憧れていたんです。

だから,先生の気を引こうとして,あんなことをやってしまいました。

まさか,先生が泣いてしまうとは思いませんでした。

気まずいまま転任されていきましたが,その後お元気でしょうか。

ぼくは,もう質問の意味が分かる年齢になりました。

今度は,安心してお会い下さい。

【愛しき女性たち】
小説:逝ってしまった茂ちゃん
小説:ぼくの心を支え続けた文ちゃん
小説:ぼくを男にした智ちゃん
小説:ぼくを大人にした燿子さん
小説:ぼくを磨いたあかりさん
小説:ぼくに夢中になったしおり
小説:ぼくの頭を冷ましたなおこさん
小説:ぼくの胸にとびこんできたしゅう子
小説:ぼくに音楽を教えた杏子さん
小説:私のパートナーになった珠希
小説:ぼくを蘇生させた紗江子さん
小説:ぼくを忘れていなかった祐ちゃん
小説:ぼくに生涯を捧げてきたまゆさん-1
小説:生きていく哀しみ(掌の小説)

336px




336px




-愛しき女性たち
-, , , , , , ,

Copyright© オヤジの備忘録 , 2024 All Rights Reserved Powered by STINGER.