若いということはそれだけで素晴らしいことです

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私は,自身が動画をアップしているのもあって YouTube をよく視聴します。
その中で,若い人の素晴らしさを実感するものは,America's Got Talent という番組で,全米の予選を勝ち抜いて出てくる若い人たちの姿です。
Talent(タレント)という言葉は,才能という意味で,若い人たちの才能は無尽蔵だと思わされます。

元々は,Britain's Got Talent が発祥のようで,今や世界各国で同じような番組があります。
そこで優勝すると当然一挙にスターダムに上がっていくのですが,欧米のレベルは中途半端ではなく,歌であれば歌唱力を問われ,それが人を感動させられるかということが審判の材料にもなっています。

日本であれば,こんな不細工な男が出てきてどうするのと思われるのさえ,その歌に審査員を始め聴衆は惜しげもない拍手を送ります。
私は,そこに「文化」の差をみる思いがします。
そして,若い才能を発掘しようとする番組に対する社会の支持もあるのでしょう。

その意味では,人と異なる人生を送ることは何ら問題視されることではなく,それが本来の姿であることを認める欧米の社会は素晴らしいと思います。
ひるがえって,日本ではどうでしょうか。

そこまで若い人を応援するシステムがないことを残念に思います。
若い才能を生かす社会システムがないことが,みんなと同じ人生を歩むのがいい,という画一的な価値観を産んでいるのだとしたらそれは若い人にとってはある種不幸ではないでしょうか。

親を始めとするまわりの人たちは,若い人のチャレンジを,殆どの人がそんなことをしないからという理由で抑え込もうとします。
そして,既存のシステムの中で生きるのが一番無難であると教育します。
当人はそこで一種の「諦め」が生じることになります。

確かに何かにチャレンジすることの中には,成否の確立は低いこともあるでしょう。
私は,その芽を摘んでしまうことは,若い人の人生を侵襲していることだと思います。

いくら親だと言っても,そこまでの権利はないのではないでしょうか。
順序からいけば親は先に死にます。

だから,残される子供だけは平凡でもいいから安定した人生を送って欲しいと思います。
それも一理あることは認めますが,本当にそれでいいのでしょうか。

私に言わせれば,この考えははなから子供の才能を認めていないように思います。
いや,才能だけではなく,あらゆるチャレンジすら認めていないのではないでしょうか。

でも,若いからこそ出来るチャレンジもあるはずです。
そして,まわりから反対されても諦める必要はありません。

逆に諦めるようであれば,あなたがチャレンジしようとしていることは本物ではない可能性があります。
要するに困難辛苦に立ち向かう覚悟が出来ていません。

もちろん試してみたいと思うこともあるでしょう。
それはそれで間違っていません。
しかし,私はそこに一つの条件をつけたいと思います。

それは,一切親の世話にならずにやり通す覚悟があるかどうかです。
「やってみたい」から親にあれも出せこれも出せと言うようでは,単なる甘えになります。
お金を始めとするあらゆることを自己支弁するくらいの決心があって初めてそれは可能になると思います。

私事で恐縮ですが,末娘が今の会社を辞めて,欧米のどこかの国へ行って英語と学びたいと言っています。
私は,自分がきめたことだから,と反対はしていません。
その代わり,親は一切援助しないという条件をつけています。

正職員になるのが困難な状況にあって,そんなことをするのは冒険以外のなにものでもないでしょう。
しかし,娘の人生は本人のものであって私のものではありません。

とするならば,それを一方的に否定する権利は私にはないと思っています。
ただし,それを自分のあらゆる力を使ってでも実現できるどうかは本人次第です。
まだそれは実現できていませんが,本人が最終的にどんな結論を出してくるか楽しみにしています。

これを読まれた方が小さな子供をもつ親御さんであれば,先ずは子供の言うことをきいてやって下さい。
また,若い人であれば,自分の人生で望むことは何なのか今一度考えてみてはいかがでしょうか。

若い時は,若さに対する実感はありませんが,それを超えた域に達すると,やっておけばよかったと思うことが沢山あります。
私は,このような刺戟を受けられる時代に生まれていれば,また違った人生があったと思うと少し胸が痛みます。

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