自分の気持ちが「平板化」していると感じた時は要注意です

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今までは,自分のまわりで起こる出来事に対して現実感があったのに,それが徐々になくなっているのに気づくことはありませんか。
極端にいえば,何をしていても心が動かない。
どんなことに対しても気持ちが反応しない。

いわゆる「落ち着いている」のとは異なります。
落ち着いていても感動するし,悲しくもなる。
目の前にある現実にベールかかっているようで,今一つはっきりしない。
気分の変動がないというか,何か砂を噛む思いが支配している。

大学生の頃,お金がなかったので価格が手ごろな二軒の店を交代交代で利用していた時,これがたまに利用するだけだったらいいのですが,夏休みにそれを繰り返したことがあります。
向こうは同じ調理方法で提供してくれているのですが,段々と食事の味がしなくなってきました。
メニューを変えてもそれは同じでした。
試しに他の店に行ってみたのですが,それは変わらない。

ここまでくると,摂取という作業をしているだけで,食事を摂るという意味は失われています。
その時は自分に何が起こってしまっているのかわかりませんでした。

今考えてみると,自分の気持ちが沈んでいたのかどうかわかりませんが,普段の自分とは違うというぼんやりとした感覚はあったように思います。
私は,休みで実家に帰った彼女が恋しく,彼女の手料理を早く食べさせて欲しいと思ったことを憶えています。

こんな状態はおそらく「よくうつ状態」というのでしょうが,ある意味では気持ちが非常に内向しているので外界に対する反応が遅れてしまう。
私が感じたのは心的なエネルギーが枯渇し始めていて,それに反応するだけのものが残っていないということ。
エネルギーが補充されてくるとそういうものは蘇ってくるのですが,どうすればそれが補充されるのか。

それは,無用なあがきはしないで,自分の中にある治癒力を信じて静かに待つことだと思います。
「現実感喪失」というのはやっかいかも知れませんが,不要な刺激をさけていさえすれば必ず戻ってくると思います。

「湯治」という言葉は,温泉に入って治療することですが,山間の静かな温泉宿で過ごすことによって,精神も同時に治療されていたと思います。
昔は,今ほど開発され尽くしていませんから,静かに休めるところは沢山あったでしょう。

そこで,川の流れや木立の音を聞いていると,自然に戻ってくるものがあるのではないか。
現在のように,何でもかんでも治療対象にして薬に頼ることがいいとは思えません。
他の記事でも書いていますが,それがあなたの気持ちを快復してくれる保証はない。

是非,自分がこのような気持ちになった時,自分で快復する術を身につけて下さい。
それが,長い人生を生きていく上でのあなたの有効な武器になるはずです。

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